序 弐ノ壱
Somewhere not here ここではないどこか。
至りはしたが、終えてよいものなのだろうか。
少女は、そこで生きていた。
生者のいない、死の国というものが、本当に存在するとしたら、或いはこのような光景なのだろう。
足元を見れば、草の一つも生えない、砂と岩盤の地面。
天を仰げば、無明の闇が境目のない帳の如く続く空。
見渡す限りそれが広がるかと思えば、岩山が遠く近くに散在し、視界をすぐに塞いでくる。
風は凪ぎ、砂埃と埃、それに血の臭いがいつまでも散らずに滞留し、吐息ですら獣臭が増すことに不快感を覚えるほどだ。
ー当然、生物由来の臭いは、全て少女のものであるがー
畢竟、死の国とは、斯くも詰まらない場所だということだ。
国というなら、当然民がいるだろう。
だが、今はもうどこにも存在しない。
少女は、そこで死にかけていた。
同年代と比べ、小柄とも言える矮躯を不規則に上下させ、すすり泣く様な呼吸をする。
いつか誰かが褒めてくれた長い黒髪は、膠の様に乾いた血と砂塵に塗れ、どこかで年頃の女子が着るものじゃないと呆れられた濃紺のセーラーの襟に、べったりとこびり付いている。
合間から覗く、白さを羨ましがられた肌も、血痕と内出血でどす黒い筋が幾重にも走っていた。
足元に目を遣り、勝手に後付けされた誕生日にもらった赤い革靴は無事かと思ったが、左側はそう見える程に染まった素足だと気付くまで、随分と時間が掛かってしまった。
僅かに整った呼吸で、漸く思考が巡るようになる。
最後の一体を斬り伏せてから、どれくらいになるか。
どうやら本当に終わりらしい。
千はいたようにも思えるが、流石に一人でそこまでの数を相手にできる訳がない。
あれ程趣向を凝らすことに拘った敵が、まさか最後になって、巨大なトラップでも、強靭なボスでもなく、ただただ物量で圧倒する人海戦術だとは、想像の範疇外だった。
もしもの対処のため、掌中の得物を見遣ると、愛用の手斧は刃毀れが著しいものの、どうにか使い物にはなりそうだ。
少女は安堵するが、直後に表情を歪ませる。
手斧が左腕の肘から先ごと、乾いた音を立てて地面に落ちた。
痛みはない。
本来なら滂沱と落ちる血も、足元を僅かに湿らせる程度に留まっている。
絶望的な狂気、怪異が我が身を苛むも、少女には出自が分かっていた。
だが、実際に腕を喪失する事態にまで至ったことは無論、初めての経験で、理解するのに多少の時間を要した。
残った右手で手斧を拾い上げようと逡巡し、そして諦めた。
例え、本当にもしものことというものが起こったとしても、最早それに対処する力はないと悟ったからだ。
少女は、美徳も、思い出も、誰かの記憶も、何もかも失った。
否、死んでしまった。
全ては彼女を生かすために。
そのお陰で、その所為で、死にかけても尚、未だその場に立っている。
だが、それだけだった
。
死者の国の民を壓殺した生者は、その大罪をどう償うのか。
隅が欠けた景色を映す目が、全てを成し遂げたことを確認すると、少女の呼吸は途端に静まり、そしてそのまま止まっていった。
不可逆に閉じ行く瞼を見ながら、この場に来た目的があった気がしたが、それももう思い出せない。
……少女は、この国の新たな民となる……
「いや、それは許されんでしょ流石に」
不毛の死者の国に、『王』の声が響いた。