表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィクティム・ゲーム(仮)  作者: みささぎうつほ
1/8

序 壱ノ一

 夢、とでも呼んでおけば、色々と都合がいい。

 そんな過去、それから派生する個々の感慨というものが、ある程度生きていれば出てくる。

 目を閉じて、今を遮断している間だけ、面倒由来の思考は全て夢なのだ。



 突然の大きな揺れに、卯一郎は眉間に皺を寄せたまま目を開けた。

 そこには見知らぬ異世界が広がり、などということもなく、認識通りのバスの中。

 路傍の石ころでもバスが踏んだのだろう。

 左には切り立った岸壁、右を向けば大きな湖、否、彼が事前に目を通した資料には、大規模な人工湖と書かれていた。

 左手の時計は、バスに乗り込んでから二時間余りが経過している。

 目的地までは、もう少し掛かりそうだ。


 卯一郎は、いつの間にか椅子からずり落ち始めていた半身を緩慢に伸ばすと、眼鏡を取りながら溜まった涙を拭った。

 睡眠時間は十分確保する性分の彼ではあったが、こう何もない空間で長時間拘束されていると、否が応にも意識が飛ぶというものだ。

 眼鏡をかけ直し、クリアになった視界で周囲を見回すと、乗客は皆無だった。

 観光地ではないとはいえ、曲りなりとも世界的認知度のある場所までの移動手段のはずが、ここまで利用者がいないことを訝んだが、そんなタイミングだったんだと再び瞼を閉じようとする。


 「あ、お客さん、起きましたか。」


 スピーカーのくぐもった声が、社内に響く。

 顔を上げると、ミラー越しに運転手と目が合った。


 「すんませんねえ。

 この辺、山水を溜め池に配水する土管が埋まってて。

 こっちも気にしてスピードを緩めるんですけど、ちょっと油断しましたわ。」


 さっきの大きな揺れのことだろう。

 大丈夫、と、手を上げて答える。



 「お客さん、今日はどちらに?

 って、ここいらじゃ終点まで家一つないから、聞くまでもないか。」


 やけに甲高く、よく通る声に、別にマイクを使わなくても聞こえるのではないかと、卯一郎は苦笑する。


 「まあ、そういうことです」


 狸寝入りを決め込んでも構わないだろうが、目的地までまだ随分と掛かるだろうからと、タクシーのつもりで会話に乗ることにした。

 延々と続く一本道で、運転手も注意散漫になってきているだろう。

 居眠り運転でもされて、見知らぬ土地で事故に遭いでもしたらたまったものではない。



 「この辺一帯も、昔は結構村が点々としていたらしいですよ。

 大昔、江戸時代とか、それくらいですかね、自分もよく知らないんですけど。」


 「この道ができてトンネルが掘れるようになってからって、ネットに記事が載ってましたね。

 戦後になってからじゃないんですか。」


 「あ、そうなんですか。

 すんません、なんか適当言ってしまって。」


 年のころは三十前後だろう、調子のいい運転手は、大げさにおどけながら、言葉とは裏腹に然して悪びれもせず帽子のつばに軽く手をかけた。


 「とにかく、こんなでかい池を掘るくらいだ。

 聖地だの……きんそく、ち……って言うんですかね。

 ここに伝わっていた宗教の関係者とか、それに肖ってわざわざ移り住んできた人たちが、静かに暮らしていたとか。」


 聖地と禁足地じゃ、かなり意味合いが異なるが、この一帯にかつて存在した山岳信仰のお膝元とは、卯一郎が事前に調べた資料にも書かれていた。

 まるでダム湖と見紛う規模のこの貯水池は、それこそ江戸時代に手掘りされたのだそうだ。

 費やされた年月と人足を考えると、なるほど、かなりの力を持った宗教だったのだろう。

 完全な陸の孤島時代に、これだけの灌漑事業を成すなど可能なのか。

 時間があれば、その辺りのことも、もっとよく調べてみようと、卯一郎は独り言ちる。


 「しかし、凄い人工湖ですね。

 よなし湖、でしたっけ。

 地図でもひらがな表記でしたけど、どういう謂れの名前なんですか。」


 「さあ。

 自分もただ素通りするだけですから。

 隣の県出身なんで、会社に就職するまでは、こんな立派なもんがあるなんて、知りもしなかったですよ。」


 そんなものか。

 そう鼻で笑うと、卯一郎は話題の立派な湖を、右目の端で眺めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ