1話
活気のある商店街を抜け、満開に咲く桜並木を抜けた先の坂の上に見える病院の端っこ…のさらに端っこの隣の棟それが私のいる薬学棟だ。なぜ端っこなのか?どうして本棟から遠く離れているのか?
そんな疑問を持つことが多いだろうが、それには理由がある。
理由は簡単。調合の過程でどう頑張っても異臭がしてしまうからだ。たまに爆発もする…冗談と云えないのがつらい。
どこぞのファンタジー世界のように呪文を唱えたら、まぁ丸薬が二つ出来上がりましたわ!?とか「錬金、ポーション!」って唱えれば現物が瓶で出てくることもない。
粉にしてグツグツ煮込むなどの作業工程をこなし、瓶に流し込み作り上げる。
某魔法学校のような作り方を思い浮かべてくれると想像しやすいだろうか。
それがふつーの薬師の仕事だ。
魔法薬師といっても、そんなに変わりがない…至ってフツーの薬師だ。
手順が少し複雑になったり薬師じゃ扱えないものがあったりする位なもので、さして特別じゃない。
救える範囲がほんの少し…そうほんの少し広いだけだ。
あの某ラノベのような色々無視した現象を現実世界で使えたらなんて楽なことか。
そんな事が出来るのであったら間違いなく在庫切れという現象はなくなるのはずだとグツグツ煮ている鍋を恨めしそうに睨んで思う。
あぁ、この単純作業の仕事から解放されたい…。
「おーい虚ろな目をして今にも鍋の中に顔を突っ込みそうなそこの残念美人さんやい。いつまでその鍋見てんだい?とっくに出来上がってるじゃないか…あ、焦げた。」
「あ…薬室長おはようございます。これはもうだめですね…はぁ作り直しかぁ。」
「材料は無限じゃないんだから…気をつけなさいな。ったく珍しいこともあるもんだねあんたが薬失敗するなんてさ。」
明日は槍でも降ってくるんかねと言いながら去っていく薬室長。
違うんです…人は誰だって単純作業を長時間すれば間違えるんです。
朝に出勤して在庫がないことが分かり調合すること薬…じゃなかった約3時間。
本日お渡しできる調合分は終わったものの1日分だけ。いま作っているのはストック分だけど、滅多に使われない薬なぶんストックを作ろうと思うとかかる時間がばかにならないのだ。
コマメにやれというけれど、そこまで暇じゃないのである…。今は暇だけどさ!
「こまめにやれる性格どこかに落ちていないかな…あったら真っ先に買うけど。」
「落ちてるわけないだろ馬鹿かお前は。」
「薬室長いつのまに…あ、戻ってくるならそのまま手伝ってくれませんか。」
「やだね、私これから早上がりでデートだし、薬草臭さのまま出かけれるあんたみたいに女捨ててないもの。」
「なっ!わたしだって、そんなことしません!」
そうかえってくるのが分かっていたように、「じゃ、おさき~」といって去って行った。
あの見た目詐欺の年増魔女め…いつか仕返ししてやる。
悲しいことに彼氏一人いないのが現実であるのだけれども…理想の男性を作り出せる魔法さっさと開発されないだろか?
そうしたら独身云々で馬鹿にされることは無くなるし、世界の平和により一歩近づくというのに…。
そんなバカげた考えをしていると、調合室のドアが鳴った。
「アメリア先生?こちらにいらっしゃいますか?」
この時間に誰かと思えば、研修中の女学生である。
若い可愛いドジッコ…のてんこ盛りの女学生だ。
私の担当ではないので詳しくは知らないのだけど、相当やらかしているらしい…主にドジの部分で。
私も担当の学生が欲しい…そうしたらもっと学生が寄ってきてくれるんじゃないんだろうか?
最近学生の間で私が話しかけづらい人だと思われているらしいと聞いたため余計にそう思ってしまった。
名前は確か…エルナといったのだっけ?
「どうぞ…エルナ研修生。何か用かしら?」
「あの~アメリア先生?薬室長からお聞きしたんですが、今日一日薬室長代理をやられるって本当ですか?」
え…?
「本当なのでしたら~皆さんアメリア先生に聞きたいことがあるといって、此方に沢山いらしてますが…?」
そういって彼女が半身になって示すとそこにはそれなりの人数の学生が。
「えぇと…ごめんなさい。約束した覚えもないのだけども、何でそんなことになっているか教えてもらってもいいかしら?」
「薬室長が本日私たちに薬学の講義をなさるとおっしゃっていたので、時刻通りに此方へ来たのですが、その途中薬室長とすれ違いまして…その際に今日の講義と薬室長はアメリア先生に一任したと、仰っていましたので。」
ひとことも聞いていない!
さっき話している最中に一言も聞いてないよ!?
なに?あの年増は連絡事項を一言も残さず、挙句に自分主催の講義をこんなにも集めておいて本人は夫とデートとか本気なのだろうか…狂っている。
「それと薬室長から言伝を預かってますが…お聞きします?」
聞きたくない…絶対に聞きたくない。
「えぇと…『部屋にずっと閉じ籠っているよりも、学生の相手をしている方がよっぽど有意義だぞ☆』でした。」
聞きたくないと分かっていただろうに言ってくるあたりがドジなのだろうか…もしかして天然が入っているのがこの子なのだろうか?。
後ろ見なさいよ。うわぁって顔をしているあなたと同じ学生いるわよ?ほら、ねぇ、気付きなさいってば…ダメか。
「あ~わかったわ…せっかく集まってもらって申し訳ないのだけれども、15分後に此処の2階の部屋にみなさん来てくれるかしら?そこで、研修会にしましょう。」
とりあえずの、解決策を示して学生たちには散ってもらった。
解決策を示した後に、すみませんでした!!と言ってエルナ研修生を引きずって行った彼女は誰だったのだろうか…目にも止まらない速さで去って行ったけれども、なぜか共感を覚えた。
なんとなく同じような友達をもって苦労しているんだろうなと思った。
是非機会があればお茶でも飲みたいものである。
とりあえず…だ。
「薬室長…いくら母さまと知り合いで薬学の私の腕を知っているからって仕事の押し付けは母様だって許さないだろうし、告げ口確定ですよっと」
メールのツーラーを起動し薬室長のアドレスへ飛ばす。
よし、これで一応解決。
「なにか…何か大事なことを忘れている気がする…なんだろう。」
そういえば少し焦げ臭いような……って
「あああああぁ…せっかく作った薬が焦げてるうぅぅぅ。」
ドジッコというのは移るものなのだろうか?
薬の製造のほったらかしなんて母様の教えから逃げたときにやった時以来だ。
本当に…許すまじ薬室長。
絶対に薬の手伝いをさせると誓った時であった。