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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
1章 百合の城のラ・デエース
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1-6

 文机で羊皮紙に集中していると、ドンドンと激しくドアを叩く音に意識を引き戻された。「どうぞ」と声を掛けると、どこか悶々とした表情のリアが慌ただしく部屋の中へと入って来た。


「ルーフェン様! オードリィ様のお部屋へ来て頂けませんか⁉」


 ひどい剣幕だった。挨拶の時点でこのメイドにはそれほど期待はしていなかったが、いったい何事だ。


「どうした。お嬢様に何かあったのか?」

「あ……いえ、そうと言えばそうですし、そうじゃないとも言えなくは……」

「ハッキリしないな……これが終わってからじゃダメか?」

「はい! い・ま・す・ぐ! お願いします!」


 どしどし足を鳴らしながら迫って来るリア。その勢いに思わず身を引いてしまう。

 結局、滴る血に似たショートボブから覗く、くすんだ真鍮のような瞳の強迫に、有無を言わさず首を縦に振らされてしまった。

 着替えをする間もなく、言われるままに訪れたマルゴットの部屋。そこでは既に着替えを済ませた彼女が、部屋の中央で挙動不審に震えながら待っていた。


「いかがいたしましたか、お嬢様」

「あ、あの……それが私にも……」


 今にも泣きだしそうな表情は、この計画を持ち掛けた時の表情にとても良く似ていた。頭がいっぱいいっぱいになっているとこういう表情をするんだと、なんとなく分かるようになって来たところだ。


「私がお呼びしたんです。どうしても、気になった事がありまして……」


 後から入って来たリアが、後ろ手に部屋の鍵を閉めながらそう話を切り出した。


「何の用だ。事と次第によっては、君の今後に関わるぞ」


 多少凄みを込めて、強い口調で言い添える。

 何だ。この女、何を考えている……張り詰めた空気を首の後ろで感じていた。

 それとなく悪い気配を、敏感に察していたんだろうと思う。


「もし違っていたとしたら、どれだけ失礼な事をしているのかは分かっているつもりです。それでも、私にもある程度の確証がありますので非礼をお許しください」


 変に畏まったリアは、その瞳でまっすくマルグリットを捉える。その瞬間、嫌な予感は確証に変わっていた。


「――あんた、メイドのくせになんで貴族のフリなんかしてるの?」


 その言葉で目の前が真っ暗になり、足元がぐらついた。


「ルーフェン様は……ちゃんと貴族生まれの人ですね。男の人って分かりづらいんだけど、その偉そうな態度は生まれついてっぽいですし」

「な……何を言っているんだ?」


 僕は精いっぱい平静を装いながらそう問い返した。

 このアマ……っ!

 い……いやいやいや、今はそれどころじゃない!

 マルグリットのやつ、さっきの時間で盛大なポカをかましたか!?

 睨みつけるように視線を向けると、彼女は相変わらずおろおろとしているばかり。ダメだ、毎度の如く状況に追い付いていない。


「でも、その様子だとオードリィ様――いや、それも偽名かな。その子が貴族じゃ無いのも知ってて仕え

てるみたいだし……一体何が目的なんです?」


 こちらの様子などお構いなしに、鋭い質問を連ねていくリア。

 何だ、何なんだこの女は!

 物怖じしない性格は天性のものなんだろうが、どうして気付いた。どこで気づいた。


「な、なぜそう思う? 根拠くらいは聞かせて貰おうか」

「手」

「……は?」

「そんなに『あかぎれ』てザッキザキの手の貴族なんているかって話ですよ」


 はっとして、僕はマルグリットの手に視線を向けていた。

 言われてみれば確かにそう。洞窟で僕の手を取った、ボロボロの雑巾のような彼女の手。なんのケアもされていないそれは、とても貴族のものには見えなかった。

 失念だった。あまりに当たり前の事過ぎて、考えてすら居なかった。貴族がその手をあかぎれ塗れにするような事――炊事なんてするわけがない。


「農家ってセンもありましたが、それにしては屋敷慣れしているし……だと、使用人が良い所でしょ?」


 開いた口が塞がらなかった。返す言葉が思いつかなかった。


「え……いや、その、私……」


 マルグリットは瞳をあっちこっちに泳がせながら、必死に言葉を探している。いや、その実言葉なんて一つも浮かんでなんかいないだろう。

 いやいや、嘘だろ。こんな所でバレるのか?

 社交界での立ち振る舞い方ばかり気を配って、もっと根本的なを意識していなかった自分の浅はかさを呪いたい。考えてみればそりゃそうだ。一度会ったら次の機会があるか分からない貴族どもより、常に接する機会がある使用人を意識して然るべきだった。


「その子じゃ話にならなそうだからルーフェン様を連れて来たけど、答えたくないならそれでも良いですよ。別に、どっかに突き出すつもりはありませんし」

「……何?」

「……その反応、やっぱりアタリなんだ」


 思わず問い返してしまった僕に、リアはにんまりとした笑顔を浮かべる。


「あ、いや、そういう意味ではなくて……」

「良いんですよ無理しなくて。それに、手を貸してあげなくもないですけど?」

「は?」

「まー、事と次第によりますケド。欲しくありません? 城内に精通したナ・カ・マ」


 本当に何なんだ……これ以上、常軌を逸した言動を取らないでくれ。


「……何が目的だ?」


 苦し紛れに問いかけると、彼女は腕組をして「うーん」と小さく唸りをあげる。


「そうですねぇ。お願いしたい事があるんですけどぉ」


 上目遣いで猫なで声を上げながら、僕に擦り寄って来るリア。

 不意に背筋がゾクリとして、僕もまたマルグリットのように後ずさる。


「大丈夫、そんなに大変な事じゃありませんって。だ・か・ら、結びませんか――協力協定♪」


 そう言ってウインクを交えて満面の笑みを作る彼女に、僕は引きつった笑みを浮かべる事しかできなかった。

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