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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
1章 百合の城のラ・デエース
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マルグリットの受難

 ルーフェン様が部屋から出て行かれて、私はリアさんと二人っきりになってしまいました。ど、どうしよう……貴族の娘さんなら、こういう時何を言うんでしょうか。


「あ、あの、よろしくお願いします」

「はい、仕事ですから。それじゃ、お召し物を脱がせるので後ろを向いてください」

「はい……」


 むすっとした表情のまま言ったリアさんの言葉に従って、私はその背を彼女に預けます。そのまま正面の方を見ると、頭から足の先まで、全身がくまなく見渡せる大きな姿見がありました。そこに映っている自分の姿を見て、思わず頬が熱くなります。

 その姿は泥に塗れてお世辞にも綺麗と言える状態ではありませんでした。しかし、それでもお嬢様のフリル付きの服の美しさはよく分かります。そして、それを着ている自分の姿がどうにも場違いのように思えて。それでも、一生着る事が無かっただろう服に包まれて、私は確かに幸せを感じていました。

 私はあまり物分かりが良くないので、なんでこんなに怖い思いをしなければならないのか未だによく分かっていません。

 それでもこうした夢見心地な気分を味わう分には、正直、悪い気もしませんでした。


「うわっ……何、このコルセットの巻き方。へったくそ。随分と不器用なメイドをお持ちなんですね」


 リアさんの言葉で、ふと我に返ります。いつの間にか服を脱がされて、私は下着姿にされていました。


「すみません……」

「何で謝るんですか?」


 慣れた手つきで締め付けを緩めていく彼女に、返す言葉はありませんでした。

 それは、ルーフェン様が頑張って縛ってくれたんです……男の人に肌着を見られるのは顔から火が出るほど恥ずかしかったけれど、必要な事だとは理解していたので、あの時は我慢しました。

 心の中で何度も謝りながら、その間リアさんは手際良く着替えを進めていきます。

 歳はルーフェンさんと同じくらいでしょうか。少し怖い表情のせいで大人びて見えるだけで、もしかしたらもう少しお若いかもしれません。吊り上がった目尻ときつく結ばれた口元は、お屋敷のアンナマリー様に似ています。気づくとぽかんと口を開けてしまう私とは大違いです。

 そんな怒っているようにも見える表情ですが、その顔立ちはとても美しいと思いました。この国では珍しいコクリコの花ように赤い髪も、琥珀色に輝く瞳も、豊かな色彩として彼女の容姿を引き立てます。先ほどお庭でお見かけした『姫様』と呼ばれていたお方もとてもお美しい方でしたが、それとはまた違った意味での美しさです。

 姫様は神々しい女神のような、神秘的な美しさであるとすれば、リアさんはとても人間的で女性らしい、等身大の美しさでした。メイドですが、きっと男性にもモテるのだろうなと思います。子供っぽい顔立ちの私とは、やっぱり大違いです。

 お城のメイド服はお屋敷のと少し違って少しふんわりとした、ドレスのようなデザインのようです。シックな黒のワンピースの中に、白いフリルのペチコートがとても可愛らしいと思います。頭も頭巾やキャップではなくフリル付きのカチューシャで、それがまたアクセサリーのようにも見えました。


「泥を落とすので、お身体に触れますね」

「はい……って、ええっ!?」


 うわの空で返事をしてから、またふと我に返り、私は慌てて首を左右に振りました。


「だだだ、大丈夫です! それくらい、自分でやりますから!」

「え?」


 今度は逆に、リアさんにキョトンとした表情で返されてしまいました。

 そ、そっか……貴族のお嬢様なら、ここで首を横に振るのは変ですよね。確かに私も、毎日オードリィ様のお身体を拭いてさしあげてました。


「あ、いえ……その……や、優しくお願いします」

「……ふふっ」


 縮こまってしまった私を前にして、彼女は口元を手で隠しながら、小さく笑みを浮かべていました。


「し、失礼しました……でも、オードリィ様って、面白い方ですね。ああ、侮辱しているわけではありませんよ。とても良い意味で、です」

「あうぅ……」


 変な人だと思われたでしょうか。恥ずかしさでもっと小さくなってしまいます。

 それにしても、ケタケタと笑うリアさんは、先ほどまでの大人の女性らしい美しさとは変わって、とても可愛らしい表情をしていました。


「髪の毛も汚れてしまわれてますね……後ほど入浴の準備をしますので、それまでは我慢なさってくださいね」


 心なしか、その声も柔らかくなったような気がします。

 もしかしたら、私と同じでリアさんも緊張していたのかもしれません。

 そう思うと何だかいいお友達になれそうな気がして、「誰かに身体を拭いてもらう」と言う恥ずかしい行為も、彼女なら良いかなと思えるようになりました。

 彼女は私の手を取って、硬く絞ったタオルで丁寧に泥を落とし始めます。私はと言うと、少しこそばゆくて、思わず身体が震えてしまいそうになるのを堪えるので精いっぱいです。


「ん……んん?」


 二の腕の辺りをを拭きながら、リアさんが唸るような声を上げて首をひねりました。


「ど、どうしたんで……ふ、ふふ」


 何か失礼をしてしまったのか不安になって口を開こうとすると、代わりに笑いがこぼれてしまい変な声になってしまいました。


「あ……ううん、いえ、何でもありません。ただ……」

「ふふ……な、何か失礼をしてしまいましたでしょうか……?」

「……い、いえ、お気になさらず。さ、反対側を拭きましょう」


 それからリアさんは特に何も話さず、最初の時のように黙々と仕事をこなしていきました。身体が終わったら髪も丁寧に拭いてくれて、それから肌着も変え、ぐいぐいとコルセットを締め直し、姫様のドレスを合わせます。オードリィ様のそれと同じ薄桃色の、でもそれよりも柔らかくてふわりとした生地。フリルは少ないけれど、その分スカートを何層か重ねた立体感が印象的です。胸元やスカート部分を飾るレースが非常に細かい編み込みで、これを作った職人さんの腕の良さが素人目にも分かります。

 ただその……オードリィ様のドレスと同じで胸のトップが少々きつく……着るのは一筋縄ではいきませんでした。姫様はコルセットも必要ないくらい身体の線が細いそうで、それに合わせて作られたものだからオードリィ様のドレス以上に私の体型には困難だったのです。

 リアさんが手早く私用に縫い直してくれて、何とか着る事ができました。「勝手にそんな事して大丈夫なのでしょうか?」と聞くと「姫様からは差し上げるように言われてます」という事でした……本当に、恐縮です。


「どうでしょう……へ、変じゃないでしょうか?」


 仕上がったドレスを試着して、鏡の前でひらりと裾をはためかせます。軽い生地のスカートがふわりと舞い上がり、まるで翼でも得たかのような心地でした。

 リアさんは眉間に皺を寄せて、唇に人差し指を付けて、そんな私をまじまじと見つめています。や、やっぱりどこか変なんでしょうか……どんどん心配になってきて、思わず目頭に熱いものがこみ上げて来ます。


「……あぁぁぁ、もう!」


 急に、リアさんが叫びながら足を踏み鳴らして入口の方へと駆けて行きます。


「すみません、どこにも行かないで少し待ってください! すぐ、戻りますから!」

「え……あ、は、はいっ」


 その勢いに気圧されて動けないまま、彼女は足早に部屋を飛び出していきました。

 やっぱり怒らせてしまったのかな……それだけが心配です。もしもメイド同士で出会っていたら、友達になれたかな。いや……私じゃそもそも、出会う事も出来なかったかも。仲良くなれたらこの不安しかない数日間も、少しは楽しく過ごせるのかな。もしそうなれたら良いな……なんて。

 そんな私の願いは、思っていたよりも随分早く叶う事になるのでした。

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