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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
1章 百合の城のラ・デエース
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1-4

「このような粗末な恰好で、大変お見苦しい醜態を晒してしまい、申し開きもございません。しかしその非礼を圧して、ここにご報告をさせて頂きます。我が大主、ヘルナル・ミュール様が栄えある式典に参列するためローリエを旅立ったのが今より一週間ほど前。良く晴れた日の事です。旅は順調。王都もあと目と鼻の先と言った所で、不幸は訪れました。山道を往く隊列に降り注ぐ突然の雷雨。周囲に宿営地を作るような場所も無く、我らが一団は一刻も早く山道を通り抜ける事を強いられておりました。しかし、天は我らを見放され、試練を与え賜ったのです。突然の災厄でした。山肌を抉り取るように雪崩れた土砂が隊列を飲み込み、多くの命をなぎ倒して行ったのです。幸運にも生き残ったのは私と、こちらにおわす現在の我が主、ご息女であらせられるオードリィ・ミュール様のみ。大主であるヘルナル様、その紋章官であるエドガー様、以下多くの従者達は既に不幸の身の上となり、いまだ除かれる事無き暗黒の世界に閉ざされております。しかしながら我が主、オードリィ様に於かれましては、失意を胸に抱きながらも御父上に代わり式典参列のお役目を全うすべく、そしてローリエ伯の不幸を国王陛下にお知らせすべく、馳せ参じました次第にございます。神の与えし耐えがたい試練を乗り越えられたオードリィ様につきましては、至らぬことこそございますが、なにとぞ格別のご配慮を頂きたく、無礼と恥を圧して、ここにご報告させて頂きたく存じ上げます」


 舞台の上の役者のように熱を込め、僕は一気に語りあげた。九割はその身に起きた真実を。そして残る一割に虚偽を。『決して偽りばかりで塗り固めず、一方で手の内の全てを見せびらかさぬよう偽りを被せる。それがあらゆる事を上手く進めるための鉄則である』と言うのは、幼い頃から教え込まれた世渡りの基礎だった。


「言うに事欠いて土砂災害にヘルナル殿の不幸だと! 姫様、このような者の言い分、お聞きになる必要などございません!」


 背後でロラン爺が、顔を真っ赤にして喚き散らしているのが目に浮かぶ。

 尽くすべき言葉はもう尽くした。ここの先は、シルフェリア様の御心次第だ。


「……語るべき事は、それで全てでしょうか?」


 穏やかな川の流れのように優しいトーンで、彼女はそう問うた。


「はっ」


 僕は絶対の自信を込めて、言葉を返す。


「オードリィ様、と申しましたね。この者の語る言葉に、偽りはございませんか?」

「は……はい」


 消え入りそうなマルグリットの声。

 そうだ、それでいい。今は話さえ合わせてくれれば、それでどうにかなる。

 そこまで語って、シルフェリア様の言葉が止まった。何かを思案なされているのか、それとも一割の嘘に感づかれてしまったか……それでもまた、致し方ない。

 誰もが彼女の顔色を窺った。その言葉を待った。


「――オードリィ様は、歳はおいくつになりますでしょうか?」

「……へ?」


 マルグリッドの素っ頓狂な声が、返事の代わりに響いた。


「え、あああ、あの……今年で十六になります!」


 馬鹿……あれほど下手に言葉を口にするなと言ったのに!

 オードリィ様はつい先月、十五になったばかりだ!

 この女、焦って自分の歳を答えたな……思わず声を上げそうになったのを、腿をつねって自重する。


「そうですか。わたくしも、あと三ヶ月ほどで十六を数えるのですよ」


 シルフェリア様の言葉に笑みが零れて、一息胸を撫でおろす。


「ロラン、本来成すべき待遇でお迎えなさい」


 一転、当初の威厳を備えた声で、彼女は沙汰を言い放った。


「ですが、姫様――」

「この者たちの素性は、このわたくしの名において保証します。表を上げてください。オードリィ様。ルーフェン様」


 食い下がるロラン爺を鶴の一声で一蹴し、僕らの名を呼ぶシルフェリア様。

 言葉に従い顔を上げると、夢にまで見たそのお姿がすぐ目の前に輝いて見えた。


「彼女達の王都での滞在先はどちらになりますか?」

「ローリエ伯は、ゲストハウスにお招きする手はずとなっておりました」

「ありがとう、ロラン。オードリィ様、後程私の服を何着かお部屋へ運ばせましょう」

「そ、それは……?」


 姫様は突然の申し出に戸惑うマルグリットの前へ近寄ると、スカートに付いたカピカピに乾燥した泥の塊を、手が汚れるのも気にせずに払い捨ててニッコリとほほ笑んだ。


「そのお召し物では、生活に支障もありましょう。わたくしの下げもので申し訳ありませんが、お気に召しましたらお使いください」

「あ……ありがとうございますっ」

「では、ごきげんよう」


 会釈する彼女に、もう一度深く、最大限の感謝を込めて礼を尽くす。

 僅かな花の香りと共に、彼女の規則正しい靴音がローズガーデンの方へと遠のいていった。残されたのは僕と、思考の収拾がつかないマルグリットと、不満げなロラン爺以下だけであった。


「……この者達をゲストハウスまで案内せい」


 捨て台詞のように兵士達へ言い放ち、ロラン爺もまた足早に城内へと去って行く。

 助かった……本当に。姫様がいらっしゃらなければ、僕の話を信じてくださらなければ、始まる前から全てが終わっていた。これでようやくスタートラインだ。これからまだまだ、やらなければならない事が残っている。

 でも……どっと疲れた。今は一刻も速く、ベッドに倒れ伏して泥のように眠りたい。

 あ……やっぱり泥はもう勘弁願いたいか。


「そう言えば、僕の名前――」


 言うのを忘れたような気がしたが、彼女は呼んでくださったような。

 まさか……『覚えてくださっていた』?

 いや、きっとロラン爺に語ったのを遠くから聞いていたんだろう。なんてったって十年も前、それも一度きりの話だ。いくら聡明な姫様と言えど、覚えているハズがない。

 それでも、もしも彼女が僕の名前を憶えていてくれたのならば、それはなんて嬉しいことなんだろうと。少しくらいは願っても損は無いような、そんな気になっていた。


 ――あの日から変わらず、女神は城に居た。

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