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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
5章 雨上がりのクールドリヨン
49/52

5-11

 煤だらけで所々積み上げ垂れた石が崩れた壁や天井。焚火の本も衝撃で飛散したのか、部屋のあちこちで小さな残り火となって燻っている。

 そうだ、マルグリット達は……!?

 慌ててその姿を探すと、先ほど伏せた部屋の隅の方で同じようにヨロヨロと起き上がる姿を認めてほっと胸を撫で下ろす。

 爆発の中心に居たアレクセイはどうなっただろう……改めてもう一度部屋を見渡す。部屋の中は散々たる有様で、天井の崩れた部分からは煙が外へ吹きあがると共に、それを押し除けて大粒の雨が降り注ぐ。そんな瓦礫の中で蠢く人影が一つ。彼は手足を床に突いて懺悔のような姿勢を取りながら、肩を揺らして引きつった笑みを浮かべていた。


「ふ、ふふふふ……この私が炎に焼かれようとはな」


 衝撃と熱波は確かに受けたのか、その服は僕らと同じように煤け、焼け落ち、所々に大きな穴が開いている。が、その一方で煤けてこそいれど、露わになった肌のどこにも焼けどを初めとした一切の外傷が見当たらない。

 その時、まじまじと見据えていた僕の視線に、アレクセイのそれが重なった。


「だが易々と灰にされるほど、私は愚かではない……今一つ、思慮が足りなかったな」


 彼はしっかりとした足取りで立ち上がると、ボロボロになって見る影も無い上着を右手で破り捨てる。そして躊躇いなく左手で指を鳴らすと、炎の蛇が再び襲い掛かった。


「くそ……っ!」


 大げさに飛び退きながら放射状の火炎を回避する。

 あの距離で無傷だと……!?

 咄嗟に自分の身だけ炎が避けるように力を振るったのか……?

 考える間もなく、次の一波が遅い掛かる。同じようにして避けて見せるが、崩れ落ちた石片が散乱するこの足場で何度も軽快に炎を避けられるものじゃない。

 それから繰り返し、繰り返し放たれる灼熱に、今度は僕の方がダンスでも踊らされているかのように右往左往と駆けまわる。


「爆発でこう粉みじんになっては、弾となるものもそうあるまい」


 挑発的な笑みを浮かべながら、アレクセイは何度も何度も炎を生み出す。

 力を使おうとしたところで、弾となるのは石片ばかり。その程度のものじゃ、奴の炎で瞬く間に灰にされるのがオチだ。

 炎を打ち出す感覚が狭まるにつれ、僕の回避行動にキレが無くなって行く。そもそも、そんなに体力がある方じゃない。炎と踊らされているうちに、僕の体力は限界を迎えつつあった。勝機を探さなければ……だが、それを考える余裕も無いうちに、次第に僕の足取りはおぼつかなくなっていった。


「はぁ……はぁ……」

「どうした、そろそろ限界か?」


 弱った獲物を追いつめていくように、アレクセイは僕の様子を見て愉しんでいた。勝利を確信しきった、強者の貫禄だった。


「ルーフェン、あんただけでも逃げて! お願いだからっ!」


 リアの悲痛の叫びがぐわんぐわんと脳を揺らす。しかし、その言葉の意味を理解できるほど、僕の思考は今正常に働いてはいなかった。


「ふむ……いい加減、手記の在処を当たらねば夜が明けてしまうな」


 暗雲立ち込める雨天の夜空を見上げながら、アレクセイは濡れた前髪を搔き上げる。


「そろそろ、終いにしよう。君も疲れただろう?」


 そして振り上げた左手を頭上で大きく円を描くように振り回すと、極大の火炎の渦が彼を中心に空高く吹き上がった。これで本当に最期か……僕は自分の運命を覚悟した。

 降り注ぐ雨を触れた先から蒸発させながら、勢いを増していく炎の渦。あの雨が、滝のような水量と勢いであれば、あの炎もかき消してくれただろうか。自暴自棄になった思考の中で、そんな単純ながら馬鹿げた事を考えていた。

 雨の蒸発した水蒸気が、もわもわと辺りに白い煙を巻き起こす。そんな中だからか、灼熱の熱波が見せた陽炎だったのだろうか――アレクセイの頭上に、巨大な水の玉が膨れ上がっていくような、そんな幻覚を見ているような気がした。


「――いや、違う?」


 自暴自棄の意識を今一度奮い立たせて、僕は空を見上げた。錯覚じゃない。確かにアレクセイの頭上に巨大な、天井を埋め尽くすほどの大きさの水の玉が浮かび上がっていた。否、降り注ぐ雨が集まるようにして、水の玉は大きく成長を続けていく。


「なんだ……あれは?」


 流石のアレクセイも異常事態に気付いたのか、渦の中心で空を見上げて、呆然とした表情で目を見開いていた

 水の玉――僕はハッとして視線を室内へと戻す。対岸の壁際――起き上がったマルグリットがその手に握る羊皮紙が、エーテル光を放ちながら彼女の姿を包み込んでいた。


「ルーフェン様……お願いします」


 相当の集中力を要しているのだろう、リアの助けを借りねば立つこともできず、息も絶え絶え、手も震えている。それでも彼女は僕を見て微笑むと、その一言を口にした。


「――彼を、止めてください!」


 同時に、ふっと彼女の意識が途絶える。


「マルグリット……!」


 倒れる彼女をリアが慌てて抱きかかえると同時に、天の水球は使役者を失って、重力に任せるままに室内へ降り注いだ。

 膨大な量の水流が部屋を包み込み、炎を根こそぎ洗い流していく。水はすぐに穴の開いた床やドアの燃え尽きた入口から部屋の外へと流れ出て行くが、ただ濡れ細った部屋と、鎮火した本や木片と、ずぶ濡れの人間が四人佇むだけだった。

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