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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
5章 雨上がりのクールドリヨン
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5-7

 屋敷はこの世のものとは思えない熱気に包まれていた。石造りの『箱』そのものはすすける程度で何とも頑丈なものだ。だが、カーペットやカーテン。様々な家具や絵画と言った『箱』の中を彩る調度品の数々がゴウゴウと音を立てて燃え盛る。


「くっ……歩けないほどでは無いか」


 屋敷自体が燃えているわけでは無い事がありがたかった。ルートさえ選べば火の手が少ない所を通って、屋敷の中を進むことはできそうだ。


「ルーフェン、ちょっと! 大丈夫なの!?」

「リア……馬鹿ッ、来るんじゃないッ!」


 僕の後を追ってやって来たらしいリアの声が後方から響き、僕は声を張り上げた。流石にこんな状況になっているとは思わなかった。こんなのはもう、とっくに彼女の関われる範疇を越えている。


「馬鹿って何よ! あたしはあたしの為にあの子を助けに行くんだから!」

「あああ、もう!」


 僕は大きく手を振って、火の手の少ない道のりを彼女へと指示する。今から戻ってリアを屋敷の外へ連れて行く暇が無い以上、連れて行くと言うか、勝手に着いて来て貰うしかない。


「はぐれるな! はぐれたら死ぬと思えッ!」

「分かってるわ――きゃぁぁっ!?」


 叫びながらも、バチンと弾けた木製家具の音にビクリと飛び上がるリア。頼むから、目の前で死ぬような後味の悪い事はしないでくれよ。


「マルグリット様はどこに居るのでしょう?」

「うわっ!?」


 いつの間にか隣に立っていたベルナデットに、今度は僕がビクリと飛び上がってしまった。リアのじっとりとした視線が背中に痛い。


「わ、分からない……とにかく手あたり次第に探してみるしか」


 だが、この状況では本当にここにいるのかも怪しい。

 人目を引くための演出で、今頃は別のセーフハウスにでも移っている可能性は?

 既に彼女から情報を聞き出し用済みになって、炎の中へ葬ろうとした可能性は?

 そもそも、大勢いた屋敷の使用人達はどこへ行った?

 考えれば考えるだけ、様々な可能性がが頭の中を錯綜する。さっきの姫様と同じだ。何が本当なのか判別が付けられない状態へ、いとも簡単に追い詰められていた。


「だったら……どれが本当かじゃない」


 あの地下牢での想いを反芻する様に口にする。


「自分が、何を信じるか――だ」


 奮い立たせるようにして、僕は屋敷の奥へ急いだ。

 火が放たれている以上、これはアレクセイが行った事。炎を司る家の人間が、人工的な炎を使ったとは思えない。必ず、自らの炎で放火したはずだ。なら、必ずそこには『意味』がある。彼にとっての『復讐』に繋がる『意味』が。これまでの奴は、見境がないように見えながらもどこか律儀に、自分の中の美学を守るようにして事を成すのが特徴だった。僕は彼のその純粋なまでの『復讐への誠実さ』を信じる。奴は必ずここにいる。そしてそれは、確固たる証拠として目の前に現れた。


「ようこそお出で下さいました。見慣れない顔もありますが、皆さまお揃いで」


 燃え盛る階段を何の恐れも無く、笑顔で降りて来た美少年――ハイドリクスだった。そのオレンジ色の短髪はまるで火の粉のように軽やかで、それでいて火花のような激しさを映し出す。


「あいにく、アレクセイ様は取り込み中でして……『もしもルーフェン様が再度屋敷を訪れた際には、手が空くまでお相手をするように』と仰せつかっております」


 はん、と変な笑みが漏れた。なるほど、奴も奴なりに僕を信じてくれていたのか。ハイドリクスはそれだけ言うと、返事も待たずにレイピアの柄へと手を添える。有無を言わせるつもりは無いらしい。僕は応戦するつもりで辺りを見渡して飾りボタンを握り締めたが、ベルナデットが間に躍り出てそれを制した。


「お控えください。時間が無いのですから」

「だが、戦わずにどうやって抜ける!?」


 おそらく、階段の先――二階のどこかにアレクセイは居る。そうでなければハイドリクスが危険な階段で待ち構える必要が無い。彼の強さは知っているつもりだ。文字通り目に映らない神速の抜刀。そして正確無比なひと突きが彼の持ち味だ。それを掻い潜り階段を駆け抜けるのは不可能だ。


「そのために、私が居るのでしょう」


 彼女はハイドリクスに負けないくらい涼しい表情で、サラリとそう言い切った。ハイドリクスは階段の中腹から動かない。下手に持ち場を離れず、こちらが間合いに入るのを待っているようだ。


「ど、どうするつもりだ……?」


 彼女は後ろにあるメイド服の襟ホックを外すと、その隙間から金色のネックレスを抜き出し、胸元に露にする。ネックレスには大粒の青い宝石が埋め込まれており、どんな技法か、その宝石の中に一つの紋章が刻み込まれていた。炎に照らされてまぶしい程の光を放ったそれを見て、僕は思わず息を飲んだ。


「《狐と撫子》の紋章……だって?」

「え、何……何を驚いてるの?」


 理解が追い付いていないリアを捨て置いて、ベルナデットはハイドリクスへ大して恭しく一礼すると、艶やかな口調でその名を口にした。


「僭越ながら、このベルナデット・デュホーン――お相手をさせて頂きます」


 デュホーン家――あまり他国の情報まで詳しくは無いが、《狐と撫子》を掲げる彼らくらいは知っている。知らないで社交界に出ては、いざと言う時に恥を買うからだ。


「北方の王族――」

「ルーフェン様と同じく、ただの遠い親戚でしかありませんが」


 唖然とした僕に彼女はそう答えるや否や、その手をくるりと翻すようにして振り上げた。宝石がエーテル光を放ち、同時に周囲のエーテルが彼女の力を形と成す。

 瞬間、炎に包まれていた階段が一変――灼熱の世界の中に、氷の絨毯が現れていた。


「こ、これは……っ!?」


 足ごと氷漬けにされたハイドリクスは、突然の事態に身動きが取れず、絶句した。


「今のうちにお進みください。この熱の中ではそう長く持たないでしょう」


 そう言いながらベルナデットが指さした方向には、一部だけ筋のように凍っていない、むき出しの階段が露になっていた。


「恩に着る……!」


 僕はベルナデットに一礼して、彼女が作ってくれた道を駆け上がる。


「べ、ベルナデット様……怖いだけじゃなくってすごい人だったんですね」


 若干引き気味のリアもその後に続いて二階を目指した。


「ま、待て! アレクセイ様の元へは……!」


 懐に手を突っ込んだハイドリクス。抜き出した手の先には、小さなナイフが握られていた。


「敵前で意識を外すのは、得策とは思えませんが……」


 ベルナデットはその動きを見逃さず、もう片方の手も翻す。途端に、今度は彼の手がナイフ事氷漬けとなっていた。


「こ、この……化け物どもがッ!!」

「その言葉、自分のご主人へも仰ったらいかがですか?」


 憎悪に表情を染めたハイドリクスを横目に、僕らは二階へとたどり着いた。この先は左手に来賓用の部屋群がある。右手は何があるか僕は知らない。


「どっちへ行くの!?」


 リアに急かされて、僕は左右の通路を見渡した。左側の通路は扉や垂れ幕などが燃え盛っているが、比較的火の手は少ない。右側は小部屋の数々から大きな炎が噴き出し、行く手を阻むのは明白だ。


「……右だ」

「うぇ……あの火の中行くの?」


 僕は力強く頷く。この火事に意味があるのなら、燃やす事自体に意味があるのなら、向かうべきはより火の手の強い方だ。僅かな躊躇も胸の内にはあったが、それをかなぐり捨てて僕は火の中へと飛び込んだ。幸い、雨の中を走って来たおかげで身体はまだぐっしょりと濡れている。多少の炎くらいなら、まだ耐える事ができる。

 走りながら、炎の隙間に見える小部屋の様子を伺う。勿論、アレクセイとマルグリットの姿を探して。どこに居る。いや、頼むから居てくれ……そう願いながら一番最後の部屋までたどり着いた時、その部屋の中からひときわ大きな火柱が噴き出した。その熱と余波で、僕は思わず蹲る。


「大丈夫!?」

「ああ……ちょっと当てられただけだ」


 駆け寄って僕を支えるリアに、僕は平気な顔で頷く。咄嗟に頭を庇った腕がひりひりと痛む。余波だけでこの力……覚悟はとうに決めたハズだったが、今ここでそれを覆したくなる相手だという事を改めて思い知らされた。


「だが、行くしかない――」


 第二波に注意を払いながら、僕は部屋の中へと足を踏み入れた。

 晩餐会を行った客間と丁度対になる位置にあるこの部屋は、同じくらいの広さを持った長方形をしていた。窓は小さなものが一つだけで、天井に吊るされた燭台のシャンデリアがおそらく基本的な光源だ。とは言え、もはやシャンデリアはその唯一の仕事を奪われて、真っ赤に輝く部屋の中で静かに揺れているだけだった。

 突き当りの窓のある部分を除いて、部屋の壁には一面、天井ほどまである木棚が並ぶ。何が入っていたのか分からないが、そのすべてが空となっていた。が、その入っていたものの正体はすぐ部屋の中央に見つかった。

 高く乱雑に積み上げられた本の山。それが部屋の中央で、まるで火刑にで処されるかのように煌々と燃え盛っていたのだ。


「これは……」

「――おや、予想より早かったじゃないか。どうやら君を見縊っていたようだ」


 天井まで届く焚火の炎の陰から聞き慣れた声が響く。ゆらりとワルツでも踊っているかのように揺れる炎の先に、アレクセイ・アローの充足しきった表情がくっきりと浮かび上がっていた。

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