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「……以上が、僕の言い分だ」
一拍置いて、僕はそう格子の外の彼女らへと宣言した。語るべき事は語った。
これが最期の機会だ。司法単位で僕らの待遇が変更される事はおそらくない。それを変える事ができるとすれば、彼らよりも上の立場の人間――姫様や国王の力を借りる他ない。だから後は、シルフィ次第だ。
僕は彼女の一挙手一投足を見守った。一気に僕の考えを言い切って、きっと彼女の頭の中はぐちゃぐちゃだ。何が正しいかの判断もできやしない。でも、鵜呑みにもできない。そんな所だろう。
後ろで涼しい顔に戻ったベルナデットは、既に思考の整理を終えてしまっているのかもしれない。彼女がシルフィに助言をしたら――それが無い事ばかりを願うだけ。少なくとも、彼女が何かを語る素振りは無い。だったらどうするか――僕が賭けるのは、その先だ。
「……弱った事にな、何を信じたら良いのかてんで分からない。ベルナデット、俺はどうしたらいい?」
――っ。シルフィがベルナデットの表情を伺った。マズイ。緊張の中で、ベルナデットは一度僕に視線を向け、それから彼女へと向き直った。
「姫様の成したいように。この場に於いて、私が意見できる事はありません」
その口から出たのは、予想もしなかった言葉だった。シルフィは驚いた様子だったが、それ以上に虚を突かれたのはこちらの方だ。それ以上何も語らないベルナデットにこれ以上は無駄だと感じたのか、シルフィはもう一度こちらへ向き直って、そして額を抑えてうんうんと唸って見せる。
「――だあああああぁぁぁぁッッ!!」
そして何かが爆発したように叫んで、鉄格子に回転と捻りの入った綺麗な蹴りをぶちこんでいた。鈍く歪な音がして、二本目の格子が原型を留めぬ姿となった。
思わず身体がびくついたが何とか堪えて、彼女の言葉を待った。
「……一つだけ。一つだけ答えろ」
肩で息をしながら、絞り出すように口にするシルフィ。
「はい、なんなりと」
僕が答えると、と彼女は乱れた青髪をささっと手櫛で整えると、大きく息を吸う。それを吐いてこちらを見つめ返す頃にはシルフィの表情ではなく、凛としたシルフェリア・シャルロット・フィーネ・ド・エーテルランドの表情で彼女は立っていた。
その見事な切り替え。いや、彼女自身も意識をしているのか分からない。文字通り豹変と言うべき変身と、放たれる威風に僕は思わず姿勢を正して膝を突いた。
「ルーフェン様……あなたにとっての『愛』とは何ですか?」
そして問われた言葉は、とても抽象的なものだった。
愛――愛情、自己愛、隣人愛。ニュアンスを変えれば、いくらでも答えは生まれる。
静寂が地下牢を包んだ。だがこの静寂は、答えに詰まったからじゃない。僕は静けさの中で改めて、自分の中の愛を噛み締めたかったんだ。
「――あなた様こそが」
僕は短くそう答えた。
それは、命を救われたあの日から一日たりとも変わらない想い。彼女『を』じゃない。彼女『が』、彼女の在り方こそが、僕の愛。
彼女の愛するものを命がけで愛したい。そのために僕はあの日、誓ったのだから。
姫様は何も言わなかった。だが、返事が欲しかったわけじゃない。ただ、ずっと申し上げるべきだった言葉を言えて、これ以上に無く幸せだった。
「……ゴート家の紋章は、確か《翼獅子》でしたね」
不意に姫様が、そんな事を口にした。
「はい。今ではその勇猛さも、見る影もありませんが」
「傷だらけの獅子――ですか」
何かを感じ入るように、姫様は胸元に手を当ててそっと瞳を閉じた。それからニッコリと口元に笑みを浮かべると、ベルナデットへと視線を流す。
「ベルナデット、牢の鍵を」
「かしこまりました」
答えるや否や、どこからともなくじゃらりと大量の鍵が繋がれた鍵束を取り出したベルナデット。そのうちの一つを躊躇なく選ぶと、格子の扉に付けられた大きな錠前の穴へと宛がい、一息で外して見せた。どうして錠前のカギを持って……?
「――少女がライオンを助けられなかったのは、彼女が檻を開ける術を持っていなかったからです」
僕が戸惑いの視線を向けると、姫様は穏やかな口調でそう語った。
「あ……『森のライオン』」
リアが小さな声で呟く。僕も、言われてそれとなく思い出した。マルグリットが語っていた、彼女の好きなおとぎ話だ。
「私はハッピーエンドしか認めません。だから、『術』を持った私はライオンを助けます。それで少女を――わたくしの友達を救ってください。あ……いえ――」
そこで彼女は言い淀んで、強い視線を僕へと向けた。
「――彼女を助けなさい。これは貴方の義務です、ルーフェン・ゴート」
「――はっ!」
その言葉を聞いて、腹の底から言葉にできない、なんだろう、とにかく、とてつもないざわつきが胸まで上り詰める。そして僕はもう一度姿勢を正すと、深く頭を下げた。
「ただし、何を成そうとあなたの罪に変わりはありません。必ず城へ帰還して、マルグリットやリアと一緒に裁きを受けること……分かりましたね」
「心得ております」
「ベルナデット。目付け役としてあなたも同行しなさい」
「……はい?」
思わぬ申し出に、僕は驚いて顔を上げてしまった。
「かしこまりました。姫様の仰せのままに」
彼女はそう答えると、鉄格子の扉をゆっくりと開いてくれた。
「いや、しかしシルフェリア様――」
僕は慌てて彼女に詰め寄る。お目付け役に不満があるわけでは無いが、正直に言って生きて帰る保証はない。帰って裁きを受けると約束した手前心苦しいが、かと言って彼女を連れて行く事なんてできるわけがない。しかし、姫様は僕の考えなど見通しているかのように百合の花のような清らかな笑みを浮かべると、ただ一言だけ言い添えた。
「大丈夫。彼女は役に立ちますよ」
「……なら、私も連れてって!」
被せるように、リアが声を荒げた。今度はこっちかと呆れながら振り返ると、彼女はいつになく真剣な表情で僕を見つめていた。
「ダメだ。シルフェリア様の言いつけならまだしも、流石にお前は足手まといだ」
そう言うと、リアも返す言葉は無いのか口惜しそうに唇を噛みしめる。
「……あたしのせいであの子が傷ついた分、あの子を救ってあげたいの。それにあんたの事も――お願いよ!」
「ダメだ」
縋る彼女を是非もなく一蹴すると、リアは取りつく島も無い様子でスカートを握り締めた。ベルナデットだけでも連れて行くのに気が重いのに、さらにもう一人連れてなんていけるはずが無い。それも間違いなく《力》を持たない一般人を。
「なら、わたくしの言いつけなら構わないのですね?」
「シルフェリア様……!?」
サラリと口にした姫様の言葉に、思わず耳を疑った。同時にリアの表情がぱぁっと明るくなる。
「罪には等しく償う機会が与えられなければなりません。それが今だと言うのなら……私はリアを後押ししましょう」
「ありがとうございます!」
流石の僕も頭を抱えた。だが、仕方がない……何の役にも立たなくても、マルグリットを保護して先に逃がすくらいはできるだろう。そうすれば僕は――
「間もなく日が暮れてしまいます。時間がありません、参りましょう」
ベルナデットが扉の先で僕らをせかす。
「日が暮れ――もうそんな時間なのか」
地下牢の中で時間の感覚は全く無かったが、どうやら丸半日は眠っていたらしい。僕は手早く衣服を整えると、彼女の後を追って鉄格子を潜り抜けた。




