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「発端はアロー家の世継ぎ問題にある。これは状況判断でしかないが、現シャルドン公ニコラスが兄を差し置いてアロー家を継ぐ野心を抱いた事で全ては始まった。彼は考えた。『どうすれば、兄を差し置いて自分が当主になる事ができるのだろうか』と――それに加担したのがモンベルト候、ノワズ伯、オルキデ伯、そしてローリエ伯だ」
「――っ。その諸侯達は……!」
ベルナデットが声を荒げて動揺を見せた。それを見て、僕は自分の想像を確信する。そう、これはリアが得てきてくれた情報だ。
「彼ら四諸侯は、ニコラスがアロー家を継いだ時に自主接収した領土を引き継いだ者達だ。それと、ローリエ伯を除いて王都で起きた諸侯失踪事件の被害者でもあるはずだ」
「随分と腕の言い諜報をお持ちのようですね……噂自体は仕方のない事でしょうが、被害を受けた諸侯までは徹底的に伏せられていたハズです」
「おい、ベルナデット。それはどういうことだ……そんな事件、聞いちゃいないぞ」
息を飲んだベルナデットに、シルフィが詰め寄った。ベルナデットは手短に謝ると、三人の諸侯の姿が忽然と王都から消える事件があった事を彼女へと伝えた。
「そんな大事をどうして黙ってた!」
「陛下のご判断です。祝典の直前に、姫様に余計な心労を掛けないようにと」
「親父の……くそっ、そうかよ」
ベルナデットが国王の名を出すと、シルフィはそれ以上問い詰める事はしなかった。
「一つだけ指摘させてくれ、ベルナデット。僕がその事を知っているのは腕の良い諜報を雇っているからじゃない」
背後でリアがむっと顔をしかめたが、無視して話を続ける。
「僕が、偽りの姿ながらも、ローリエ伯代理オードリィ・ミュール――マルグリットの紋章官として、彼女の下に仕えていたからだ」
感の良いベルナデットならそれで分かるはず。そして予想通り、彼女即座にハッ目を見開いた。そして僅かな時間を置いてシルフィとリアも答えに至った様子で、わなわなと肩を震わせた。
「まさか……失踪事件の犯人に会った――いや、事件そのものに遭ったのか?」
僕はその言葉に、静かに頷いた。
「そんなの何時――いいえ、そうか、晩餐会の時ね……!」
慌てた様子で僕へ詰め寄ろうとしたリアだったが、すぐに自分で答えに至ってしまったのか、歩みを止めてそっと顔に影を落とした。
「マルグリットと僕は、件の三諸侯と共に一昨日の晩、アロー家の屋敷を訪れた。晩餐会の名目でだ」
「郊外の大邸宅だな」
「ああ。そこで事件は起きた。ニコラスを騙ったアレクセイ・アローが他の三諸侯を焼殺。僕らも危うく、消し炭になる所だった」
三人が一斉に息を飲むのを感じた。
「いや、嘘だろ……?」
「本当の話だ」
冗談めかして問うシルフィに、僕は大まじめに答えた。するとリアが取り乱しながら今度こそ傍まで駆け寄って来て、僕の左腕を掴んだ。
「そんな……! そんなのあたし、アレクセイ様からも聞いてない!」
威勢の割に力は無く、震える小さな手の平だった。
「知っててあの態度だったら、君を侮っていたと謝罪するさ。だが、事実だ」
さぁっと、彼女の表情が青ざめた。
「うそ……だって、この国を良くするためだって言われてて……そんなの、私が殺したようなものじゃない! だって、私が同僚に頼んで招待状を皆に――」
「違う。殺したのはアレクセイだ」
「でも――」
僕は震える彼女の手に自分の右手を重ねた。一瞬怯えたように身構えられたが、その力みが解けると同時に、次第に手の震えも収まって行くのが分かった。
そして完全に収まった後、彼女は自分から手を放した。
「……ごめんなさい、ちょっと取り乱したわ」
「いや、教えなかった僕にも責任はある」
珍しくしおらしくする彼女に、僕は言葉だけで謝罪した。
「仮に……仮にその話が本当だったとして、四諸侯はアレクセイに何をしたんだ。何が、十年越しにでも晴らそうとするほどの憎しみを与えた」
シルフィのそれは当然の疑問だ。だが、ことここに至っては残されたパズルのピースをはめていくだけの事。
「端的に事実だけを述べよう。モンヴェルト候は自領で採れた銀を輸出用に大量に準備した――と見せかけて、その箱の中に『武器』を忍ばせた。ノワズ伯はそれを『とある船』に手配し、自らが社交界で手に入れた『エーテルランドの内情』をしたためた。そしてオルキデ伯、ローリエ伯は連名で『告発状』をしたためた――」
語る途中からみるみる姫様の表情が青ざめて行き、彼女は震えながら後ずさった。その深い瞳には今、怯えの色しか映ってはいなかった。
「お……おいおいおい……それってよ……?」
「……その通りだ」
最後に、こればかりは絶対の自信を持って僕は答えた。
――アレクセイの国家反逆罪は『冤罪』だった。
彼はハメられたんだ。四諸侯と実の弟に。ニコラスに至っては真実を想像するだけの情報が無いため、もしかしたらあの屋敷で語っていたオルキデ伯のように計画に加担させられただけなのかもしれない。
だが結果としてニコラスは決して継ぐことが出来ないハズだった三大名家が一つ『アロー家』を手に入れ、四領主は戦争が終わって安定期に入り、なかなか領地の拡大が望めなくなったこの時代に追加の領土を手に入れた。
そして――アレクセイは全てを失った。
僕の語った『真実』に、三人は何も言葉に出来ず、ただどこを見つめるでもない瞳で混沌とした思考を必死に整理していた。
アレクセイの人生は、きっと悲しみと苦しみに満ちたものだっただろうと思う。同情の余地はあるさ。復讐だって正当だ。
「だけど……彼の復讐は終わっていない」
「……何?」
「ど、どういう事よルーフェン」
そう――終わっていない。だが、どうしてだ。どうしてなんだ。
「ここからが分からないんだ……何で、彼の復讐は終わっていないんだ」
頭を抱えた僕に、きっと三人は戸惑いを見せているだろう。だが、どれだけ状況証拠で想像しても僕にも分からないんだ。彼の復讐は四諸侯を追いつめる事で終わった。それなのに、どうして血縁主義を破壊する必要がある?
「アレクセイは何をしようとしている……ルーフェン、テメェは何を知っている?」
低い声で唸るようにシルフィが問う。僕はどうしてもそこで言い淀んでしまった。
彼は牢で隣だったセドリックから国王の真実を聞いたと言った。他にもいろいろな事を教わったそうだが、おそらく直接的に今回の件に関わりは無いはずだ。確かに国王が偽物だという事を知れば、大抵の国民なら暴動を起こす事だろう。それは何も、大々的に公表する必要は無い。悲しいかな、この世界に酒と悪口以外の娯楽はそうそうない。
とりわけ下層階級では顕著だ。だからこそ、国民の不安を煽るだけで――ただ一言、噂を流すだけで暴動の機運を孕む事はできる。後は、それを爆発させるきっかけを作るだけ。
なのに、どうしてアレクセイはここまで綿密に舞台を整える?
それは分かり切った『無駄な労力』だ。彼がそんな事をするとは思えない。であれば、彼にとっては『無駄な労力』では無いという事。すなわち、ここまでの流れからすれば『復讐の一端』であるハズなのだ。
「――アレクセイは、この国を亡ぼすつもりだ」
散々に迷った挙句、僕はまた端的に『結論』だけを答えていた。
「……マジか」
シルフィの目の色が変わった。海のように底が見えないあの日の目の色だった。
「結果としては……な。エーテルランド自体は残るだろう。だがきっと、今のこの国ではない別の何かへと生まれ変わる」
それは新たな国王を擁立するのか、それとも共和制の道を歩むのか……そればかりはその時が来ないと分からない。だが、全てが変わるのは間違い無い。




