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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
5章 雨上がりのクールドリヨン
39/52

5-1

 城に着くなり、僕は大勢の兵士に囲まれて身柄を拘束された。怖いものは何もないつもりだったが、十何本もの鋭い槍がこちらを向いた光景には流石に血の気が引いた。そのまま何の発言すら許されず、リアと二人、城の地下にあるジメジメとした牢の中へと放り込まれていた。


「――なんなのよ、もう!」


 壁際に座って膝を抱えたリアの叫びが、小さな反響となって牢の中に響く。城の土台となっている丘を切り抜いて作られたと思われる地下牢の小部屋は、穴を掘っての脱獄を防止するためか、牢内の壁と天井こそ積み上げられた平石でできていた。その壁の一枚は太い鉄格子で区切られ、そこに小さな出入り口用の扉がついているのみだ。小部屋の外は削られた地層や大きな岩肌がむき出しとなっている。天窓のようなものは無く、所々に設置された松明の炎がこの空間の唯一の光源だった。


「幸先が悪いな」


 部屋の真ん中で石畳に腰を下ろしながら、僕は小さく一息ついた。移動中に付けさせられていた手かせは牢に入る前に外され、この小部屋の中では身の自由が許されていた。しかし、持ち物――とりわけ厳重に身ぐるみ剥がされたのは《紋章》の刻まれた物品だ――は全て拘束の段階で奪い取られ、文字通りの着の身着のまま。そんな考えなど毛頭無いが、牢の錠前を工具を使ってこじ開ける事も、《紋章術》を使うことも許されてはいなかった。

 実際のところ、何も打つ手はない。天井から滴る水滴が、ぴちゃりと音を立てて鼻の頭を濡らした。視線を上げてぼーっとその滴の元を眺めていると、数人の足音がこちらへ近づいてくる音が、地下空間への反響で聞こえてきた。


「――ルーフェン・ゴート。並びに王城使用人のリアだな」


 鉄格子ごしに立った四人の兵士。一人は牢番としてここに来てからずっと牢の傍に立っていた顔見知り。残る三人は初見だったが、内の一人は士官の勲章を胸に付け、おそらく彼らの上官であろう事は見て取れた。


「お前たちに加えてオードリィ・ミュール――本名マルグリットには国家反逆の疑いが掛けられている。容疑、とは言うが沙汰が決まっていないだけの話であり、証拠は既に挙がっているので疑いの余地は無いものとする」

「は、反逆――っ」


 背後でリアが息を飲む様子が手に取るように分かった。


「沙汰はすぐに出る。幸い、明後日――明確にはもう明日か――は王制三〇〇周年の記念式典だ。知らぬわけは無いだろう。お前たちは、そこで王権の絶対性を国民へ知らしめるパフォーマンスとして、大々的に裁かれる事であろう。反逆しつつなお、王国のために尽くす事ができる事を心から感謝し、受け入れ、悔い改めるよう――以上だ」

「ち、ちょっと……!」


 一方的に言いつけて踵を返した士官に、リアは慌てた様子で格子まで駆け寄った。


「そ、そんな一方的に、あんまりです! 申し開きの機会くらい、設けていただけませんか!?」


 彼女は格子を握りしめ、迫る勢いで牢の外の士官へと声を荒げる。実際のところ、罪状に嘘偽りはい。リアは王宮の情報を売り、僕らは血統主義に基づいた王国の尊厳に背いた。国家反逆は終身刑もあり得る重罪だ。だが、申し開きにより多少なり罪が軽くなる事はあるだろう。


「今回に限っては『必要が無い』事を知るのだな。貴殿らに関する情報筋があまりに明確、そして疑問の余地が無いものだ」

「情報筋……」

「シャルドン伯、ニコラス・アロー殿直々の情報提供である」


 ――だろうな。驚きどころか、納得だ。と言うよりも、それ以外に考えられない。想定外だったのはそのアプローチの速さだったが、奴のような行動力の持ち主――僕と同じくして『怖いものが無い人間』である事を知れば考えられない事じゃない。


「そんな……アレクセイ様が……?」


 力が抜けたように、リアがその場に崩れ落ちた。それを見て士官は汚物でも見るかのような目でフンと鼻を鳴らすと、白いハーフマントを靡かせて改めて踵を返す。


「――待て。もう一つだけ聞かせてくれ」


 そんな彼を、今度は僕が呼び止める。彼は苦虫を噛み潰した様子で振り向くと、どかどかと大股で牢へと近づいて、腰に下げた剣の柄でガンと鉄格子を強く叩いた。


「口の利き方に気を付けろゴミがっ!」


 すぐ傍で怒鳴られて、放心状態のリアの肩がびくりと揺れる。僕はと言うと、特段驚きもしなかった。むしろ今までの自分を見ているようで、おかしくて笑ってしまいそうなくらいだった。


「何が可笑しい!」


 おっと……思わず顔に出てしまっていたようだ。僕は口元に浮かんだ笑みを抑えて、至極真面目な顔で士官を見つめ返した。


「オードリィ様――マルグリットはどこに?」

「反逆者マルグリットは姿か見当たらず、現在逃亡中と思われる。なに、すぐに対面できることだろうな」


 今度は彼が笑みを浮かべると、今度こそ踵を返して足早に地下牢を去って行った。

 逃亡中……アレが?

 少し違和感を覚えたが、ここに居ない以上姿を晦ましたのは確かなようだ。どこへ行ったのだろうか。水滴が今度は頭の頂きを突いた。前髪に沿って視界に滴った水。その先に、うなだれるリアの姿が移り込んだ。


「おい、リア。聞こえるか」

「……なによ」


 声を掛けると、ウザったく突き放すような返事が返って来た。


「信じて歩いて来た道が崩れる気分はどうだ?」


 ピクリと彼女の身体が揺れ動いた。少し意地悪な質問だっただろうか。


「……サイアク」


 彼女は怒るわけでも泣くわけでも無く、ただぽつりとそう呟いた。


「そうだな、僕もだ」


 僕は彼女に同意して、溜息と共に天井を見上げた。そろそろ次の雫が落ちてくる所だった。


「……あーあ!」


 水滴が鼻先で弾けるのと同時に、投げやりなリアの声が牢に響いていた。


「高望みなんかするもんじゃないわね。もっと手身近な所で妥協しとけば良かった」


 気落ちした様子でもない、むしろすべてに諦めがついたかのような気前の良い声。夜の街での僕と同じように、彼女も吹っ切れたのだろう。


「妥協? 例えば?」

「そうねぇ……アンタとか?」

「それは嫌だな」


 不敵な笑みで答えた彼女に、あからさまな嫌悪感を見せて答える。


「あー、でもアンタん家、金無いんだっけ……やっぱパスで」

「現金なヤツだな」

「生きる目的ですから。はじめから持ってる人たちには分からないと思うけど」


 彼女は嫌味ったらしく答えたが、すぐに溜息を吐きながらだらんと足を投げ出した。


「……で、どうすんのよこれから」

「どうしようもないな」

「あっそ」


 意外とそっけなく反応した彼女は、そのまま自分の腕を枕に寝そべった。


「なんかもう、どうでも良くなって来ちゃった」

「そうだな。とりあえず夜も遅いし寝るか」

「そうね」


 僕たちの状況の受け入れっぷりと言うか、気概の無さに、外の見張りは頭に大きなクエスチョンマークを浮かべて珍獣でも見るかのような視線を向けていた。


「襲ったら殺すから」

「魅力ないから心配するな」

「やっぱ今から殺すわ」


 口ではそう言ったもののそれ以上彼女は何も言わず、次第に小さな寝息が聞こえてくる。僕も一日の疲れがどっと出てきて、重くなった瞼の誘いにその身を委ねて行った。

 それから何時間経ったのだろうか。外の様子が分からないので何とも言えないが、僕はけたたましい金属音で目を覚ました。まどろんだ視界で辺りを見渡すと、見張りの兵士が槍の柄で鉄格子を激しく叩いているのが目に入った。


「起きろ、反逆者!」

「何だ……食事の時間か?」


 目元を擦りながら、ゆっくりと上半身を起こす。硬い石畳で寝ていたせいか、身体のあちこちがギシギシと悲鳴をあげている。


「……面会だっ」


 見張りはそれだけ言うと、定位置に戻って槍を地面に置き、その場に膝を折った。


「何……ごはん?」


 聞いた事あるセリフを言いながら目覚めたリアが、大きなあくびをしながらうんと背筋を伸ばす。が、コツリコツリと軽やかな足音を立てながらやって来た訪問者の姿を見ると、その格好のまま呆然として固まってしまった。

 もちろん僕も、思考がピッタリと停止していた。


「――ごきげんよう、ルーフェン様」

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