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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
4章 雨に濡れたフルール・ド・リス
35/52

4-7

 突然訪れたにも関わらず、アローの屋敷は僕をすんなりと受け入れてくれた。

 剥製やら見るからに高そうな調度品に囲まれた応接室で、雨の滴を拭いながら僕はアレクセイの来訪を待った。薄暗い部屋の中で、燭台の炎と共に影が揺らめく。


「失礼いたします――」


 そう長くない時を於いて、先に現れたのは短髪の少年。あの時のハイドリクスだ。彼はシャツとパンツというラフな格好で僕に一礼すると、腰の細剣を揺らしながら部屋の隅に自らの位置を置いた。


「――お待たせして申し訳ない。少々立て込んでいたものでね」


 その後に続いてすらりとした長身の美男子、アレクセイ・アローが姿を現した。彼は優雅に室内を横断すると、奥の大きな椅子に腰かける。


「それで……要件は何かな?」


 分かっている癖に――それでもあえて聞くのは彼の持つ余裕の現れなんだろう。僕は小さく深呼吸をしてからアレクセイを見返した。雨で湿った空気が、喉の奥の渇きをわずかに癒してくれた。


「……王室書庫を見つけた」

「ほう……」


 アレクセイは初めから知っていたかのように、僅かに眉を上げただけで返事をした。


「思ったよりも、ずいぶんと早かったものだね。なかなか君は優秀な人間のようだ。それで――手記は?」

「……見つけた」


 僕は包み隠さずに答える。アレクセイが、高揚したように息を飲んだのを感じた。


「だが、ここにはない。その時は持ち出せる状況じゃ――」


 そう言うと彼は「分かっている」と言ったていで頷きながら、僕の言葉を制した。


「いや、在処と存在を見つけてくれただけでも十二分に働いてくれたよ。それさえ分かればどうとでもなる」


 彼は傍らにハイドリクスを呼び寄せると、耳元で何かを囁いた。それを受けてハイドリクスは一度部屋を出て、そして一本のボトルを持って帰って来た。


「いかがかな? その緊張も解れるだろう」


 内心を見透かしたように口にしたアレクセイと僕の前にグラスが置かれ、泡を含んだ黄金色の液体が爽快な音を立てながら注がれた。


「ふむ……やはり、シャルドンの泡葡萄は色が良い」


 彼は吟味するようにグラスの中身を覗き込み、そして静かに中身をあおる。僕はなんだか口に付ける気になれず、じっとグラスの中で弾ける泡を見つめていた。


「毒など仕込んじゃいないさ」


 そりゃそうだ。わざわざ今、毒を使って僕を殺す必要なんか無い。仮に殺そうとしても、彼にはもっと手っ取り早く、跡形も残さない方法があるのだから。


「――こちらの情報を教える前に、一つ教えてくれないか?」


 情けなくも震えた唇で、僕はやっとそう言葉を紡いだ。じっとりと鼻の頭に浮かんだ汗を感じる。


「……何かな?」


 彼は変わらない様子で答えると、手にしていたグラスを一度テーブルへと置いた。


「あの手記には何が書かれている……?」


 僕の問いに、アレクセイは小さく鼻で笑ってみせる。


「それを知ってどうする? 情報を渡すかどうか吟味するかね?」

「……分からない。だが、疑問だらけの中で協力はできない」


 取り繕わずに、素直に答えた。


「なるほど、君の不安ももっともだ」


 アレクセイはグラスを傾けながら大げさに頷く。


「医者が記した『この国の根底を崩すもの』……病気か何かかとも思ったが、あまりに突拍子もなくしっくり来ない。そもそも、そんなものが存在すれば、目に見える形となって露見しないわけがない」

「ふむ、当たらずとも遠からずと言った所か。もっと端的にして明快な答えだよ」


 言いながら彼は初めそうしたように目を細めて、グラス越しに中の液体をうっとりと眺めていた。


「――あの馬車の中での話を覚えて居るかな?」


 馬車での話――処刑台を見ながら語った、この国の根幹の事だろうか。血縁主義を良しとする社会を覆す。それが望みだと、あの時彼は語った。


「血縁主義を否定するには、君はどうすれば良いと思う?」

「え……?」


 思わず聞き返してしまった。物事を否定するのであれば、普通であれば悪い面を指摘して、それがどれだけ価値を貶めるものであるかを説き伏せる。そうでなければより良いものを提示して、そちらへの移行を訴えるまでだ。


「ふむ……ある程度の思考には至っているようだね」


 ぼーっと考えている間に、アレクセイがこちらの瞳を遠目で覗き込んでいた。ゾクリと、悪寒が背中を走る。


「だが、君の考えている事はどれも違うな。さっきも言ったはずだ。答えはもっと端的にして明快なものだと」


 ――分からない。僕は、彼と同じ思考に至る事ができない。知恵も力も地位も、何もかもが彼に勝てないように思えて、どうしようもなく歯がゆく、腹立たしかった。だから、苦汁を舐める思いで僕は尋ねる。


「教えてくれないか。どうすれば……世界は覆る?」


 するとアレクセイは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、僕の事を指差した。


「答えは『君』と『私』だ――いや、厳密にはマルグリット嬢の事だがね」

「マルグリットが……?」

「君たちのして来た事、それ自体が答えさ」

「僕らの――」


 僕らがやって来た事と言えば、嘘をついて王城に入り込んだ――ただそれだけだ。たいそれた事をした覚えはない。虚偽自体が一発で首が飛ぶ大罪ではあるが――


「――当事者には逆に分かりづらい事かな」


 彼は小さく息を吐くと、ギシリと椅子を軋ませながら立ち上がり静かに壁際へと歩き出した。そうして、壁に飾られた刀剣を手に取ると、それを物色するように様々な角度から眺める。


「恨みつらみが無ければ、人は存外他人に興味が無いものだ。とりわけ血縁主義というこの社会の中で、自分の家の存続以上に大切な事もそうは無い。誰も、『どこかの家』のように没落したくは無いのだからね」


 彼の言う『どこか』がゴートの家である事は言うまでも無いだろう。少し胸の奥がざわついたが、グラスをの中身を煽ってそれを一緒に飲み込んだ。


「だからこそ、『赤の他人』が『別の赤の他人』になっていた所で、そう興味は無いものなのだよ。大事なものはその『赤の他人』が持つ肩書なのであって、その人『個人』が重要なわけではない。だから私も、マルグリット嬢も、大きな騒ぎも無くこうしてのうのうと王都で『役』を演じて居られるわけだ」

「何が言いたい……!?」


 いい加減、アレクセイの演劇的で遠回しな言い回しにイライラしてきて、少し声を荒げてしまう。しかし彼はそれに気を悪くするでもなく、逆に声を上げて笑って見せると、手にした剣をその場で袈裟に振り上げた。精練された一刀は燭台の炎に照らされて鈍い閃きを放ちながら、壁から下げられた《百合の紋章フルール・ド・リス》の旗を鋭く切り裂いた。


「――現国王ロンベル・グラル・ド・エーテルランドは、『赤の他人』が演じているまがい物である事を、君は知っているかかな?」


 怪しく笑んだ彼の言葉とその衝撃に、僕の思考は鈍く、抑え込まれた。

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