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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
2章 ノブレス・オブリージュ
11/52

2-2

「何でもするのは良いが、まずは目先の事だ。本当にアテにして良いんだろうな?」

「それを話し合うために、今こうしてるんじゃない」


 リアはひらりと僕の傍から離れると、再びベッドにダイブしながら「何を当然の事を」とでも言いたげな口ぶりで一言そう答えた。

 いや、こちらとしては初耳なんだが。と言うか、夕食を食べていただけなんだが。


「あ、あの……私も、その、改めて確認と言うか、気になってまして……」


 おずおずと手を上げながら、マルグリットが話に割って入る。


「私……結局、何をしたら良いんでしょう?」


 その問いを受けて、僕は一息ついて呼吸を整えてから、その計画を語って聞かせた。


「どうせ頭に入りきらないだろうから、端的に話そう。重要な点は大きく二つだけだ」

「なーんか、引っかかる言い方ね……」


 じっとりとした視線を送って来るリアを無視して、僕は話を続ける。


「一つは、来週開かれる『王制三〇〇周年式典』に参列すること」

「ヘルナル様が王都へ向かっていた、本来の目的……でしたね?」

「ああ、そうだ」


 流石のマルグリットも、主人が何のために王都へ向かっていたのかは理解していたようで安心した。それならば、詳細に語るべきはもう一つの事柄だけになるからだ。


「そしてもう一つが、『忠誠の証書に調印する事』。今回、最も大事な事柄がこれだ」

「……?」


 流石に知らないか……無理もない。そもそも、平民には生涯関係のない事だ。

 そして、我が家のように領地を持たない平貴族エキュイエにも。


「エーテルランドの諸侯は、領地を国王陛下より『お預かりしている』という事になっている。あくまで国土は陛下の持ち物であり、その一部を『管理させて貰っている』という言い分だ。厳密にはもう少し複雑な制度なんだが……不要な情報だから割愛する」

「は……はい」

「この領地の『お預かり』と言うのは、『一年間の契約』という形で成り立っている。毎年、王制式典の時に諸侯はこの王都へとやってきて、『契約の更新』を行わなければならない。これは、王制が始まってから毎年欠かさず行われてきている事だ。年に一度、領地から王都へ欠かさずやって来る事で諸侯は王国への忠誠を示す事で領地を維持できる。また、その準備や道中の諸経費によって財を放出する事で地方経済を回し、同時に諸侯の財力の増長を防ぐ事ができる。諸侯は名誉を、平民は富を、国は平穏を手に入れる事ができるという仕組みだ」

「その『契約の更新』というのが、『忠誠の証書』……という事ですか?」

「その通りだ。意外と呑み込みが早いじゃないか」

「あ、ありがとうございます……!」


 どこか照れくさそうに頬を染めるマルグリット。別に、そこまですごい事でも無いのだが……まあ、良いか。


「で、この調印と言うのが必ず諸侯本人、もしくはその血縁者が行わなければならない。例外は『一切』認められない」


 だからこそ、オードリィ様の名を騙る意味がある。


「『更新』があるという事は、契約内容の『変更』もあるわけだ。その年の国への貢献や各種の功績により、領地の広さはその都度増減する。そしてもし調印を行わなければ――更新は『ナシ』。つまり、領地は『ゼロ』だ」


 イコールそれは、僕らが仕事を失うと言う事に繋がる。

 領地を失った諸侯は無職になったに等しい。年貢も無ければ、献上品も無い。次の契約の際に新たに領地を与えられるか、別に貴族に雇われるまで稼ぎはゼロ。

 そんな状態で、今まで通りの数の使用人を抱える力がどこにあろうか。末端の者から順に切られていくに決まっている。『文官見習い』の僕と、『下っ端メイド』のマルグリットは、首切りレースの最前線を走っているのは言うまでもない。


「そうなれば、僕らは切られる時を待つ他ない。そうならない為にも、『誰かが血縁者を騙って調印を行う』必要がある、と言うわけだ」

「そ……それが、私という事ですか!?」


 マルグリットは目を大きく見開いて、素っ頓狂な声で答えた。

 僕は念を押すように彼女の両の目を真っすぐ見据えて、力強く頷いてやった。


「むむむ無理です! そんな大役、ダメですよぉ!」

「四の五の言うんじゃない! もうここまで潜り込んでるんだ、腹を括れ!」

「そそそそそんな事言われましてもぉ!」


 彼女はお得意の泣きそうな目で、と言うか実質泣きじゃくるようにして、スカートの裾をぐっと握りしめた。ここまで来て「無理」と言われたから「はいそうですか」なんて言えるはずが無い。一蓮托生、同じ穴のムジナでやって行くしか無いんだ。


「貴族でいるってめんどくさいのね」


 話半分にコメントしながら、リアが瓶に詰められた赤紫色の液体をあおった。こいつ、いつの間にくすねて……。


「それがノブレス・オブリージュというものだ」

「貴族には貴族の義務と責任が~ってヤツ? あー、ヤダヤダ」


 言いながらリアはふらふらと手を左右に振った。


「やっぱ、貴族そのものより妾で自由気ままに過ごした方が良いわね。贅沢な生活できりゃ、それで満足だし」


 やっぱり、ぶん殴って良いか。いいよな。思わず拳を握り締めた僕を、マルグリットが慌てた様子で押さえてくれた。


「まっ、とりあえずやりたい事はだいたい分かったわ」


 リアはベッドから飛び起きると、皺のついた服を整えながら慣れた手つきで食べ終えた皿を台車に片付けていく。


「とりあえずはアンタらの正体がバレないように、ってのが何よりよね。根回しってわけじゃないけど……とりあえず他の使用人が不用意にこの辺うろつかないようにはしてみるわ」

「それは正直ありがたい。どこの扉に目や耳があるか分かったもんじゃないからな」

「まー、あたしらにとっちゃ貴族のスキャンダルくらいしか楽しみ無いし」


 それもそれでどうなんだと思う所はあったが、今はとりあえず話を合わせておく。虚力とは言っても、事実上弱みを握られているのはこっちなんだ……口ではそう言うものの、リアの動きは目を光らせておいて損は無い。言いたい事は言わせておいて、利用できるところは利用させて貰うさ。


「じゃ、あたしは今日の所はこれで。あんまり遅くならないうちに部屋には戻る事ね。それこそ良い話のタネになっちゃうわ。まあ……『そういう関係』なら無理にとは言わないケド」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらリアは探りを入れるように言い放つ。


「ば、馬鹿を言え……少なくとも、マルグリットもお前も僕のタイプじゃない」

「何よそれ、失礼ね! 私だってあんたは守備範囲外よ!」


 茶化されて、取り繕うように口にした売り言葉に買い言葉でリアはわんわんと喚き散らすと、そのままぷりぷりと肩を揺らして部屋を出て行った。

 大きなため息と共に頭を抱えた横で、マルグリットがいまいち理解を得ていない表情でぽかんと首を傾げていたのが少し憎らしかった。

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