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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
2章 ノブレス・オブリージュ
10/52

2-1

 王都に着いて最初のディナーは、何とも落ち着きのないものだった。まさか、マルグリットがナイフもフォークも持ったことが無いとは思い至らなかったからだ。

 ようやく服を着替えて落ち着いた頃には、とっくに陽も暮れてしまっていた。

 先ほどの衝撃的な一件から数刻、食事の間中どこか腑に落ちないモヤモヤが心の奥に燻っていた。


「すみませんっ、すみませんっ」


 平謝りするマルグリットはさておき、何はともあれ食事を取らなければ頭も満足に働かない。

 今晩は刻んだアーモンドとキャベツのオイルサラダに、鴨肉と茸のハーブシチュー。東から輸入した香辛料を擦り込んだ白身魚のムニエルと、オレンジソースを添えたレバーパテのパイ包みを肴に、固焼きのバケットを合わせて頬張る。メインディッシュの鹿もも肉のチーズ焼の、濃厚でそれでいて上品な味付けは、お世辞抜きに今まで食べたどの料理よりも美味しいと思えるものだった。

 それだと言うのに、テーブルマナーどころか食器の使い方も知らないマルグリットへの手ほどきに難儀して、せっかくの料理は味わう間もなく冷めてしまっていた。


「今まで食事は基本的に手づかみで、使ってもスプーン程度しか……」

「だとしてもさ、見よう見まねで何となく分かるもんじゃ無いの?」

「ご、ごめんなさい。お屋敷では掃除や皿洗いばっかりで……食事のお世話は一度も」

「あんた下っ端か……じゃあ仕方ないわ」

「……お前は何で当たり前のようにくつろいでいるんだ、オイ」


 天蓋付きのベッドの上を占領して、うつ伏せに頬杖を突きながら足をぶらつかせるリアを横目に睨みつける。

 リアはそんな僕を見てケラケラと笑いながら、余らせたバケットを頬張った。


「何言ってるのよ。協力関係わけだもん。私と、あんたたちとは、対等でしょ?」


 言いながら、自分と僕らとを交互に指さす。


「あのな……!」

「大丈夫! 仲間やほかの貴族たちの前じゃ、ちゃんとメイドを演じてあげるから!」


 こいつ、完全に調子に乗ってやがる!

 ごろんと仰向けに寝転がって、うんと伸びをするリアを見ていると、なんだか無性に殴ってやりたい気分になってきた。


「いや~、一人くらい欲しかったのよね、貴族の『友達』。まさかこんな所で手に入るとは思わなかったけど」


 あの後、勢いのままに首を縦に振らされた僕らは、事情を洗いざらい彼女に話した。それを聞いたうえで、彼女は改めて協力を承諾。そして突きつけて来た条件が――


「とりあえず、頼んだわよ。貴族のいい男、バッチリ紹介してよね」


 ――だった。


「貴族の男を紹介して一体どうするんだ?」

「『いい男』ね! どうするって、そりゃ決まってるじゃない。玉の輿を狙うのよ!」

「はあ?」


 彼女はベッドの上で上半身だけ起こすと、膝を抱えるように座ってふらふらと前後にに身体を揺らし始めた。


「あたしはね、貴族になりたいの。絢爛豪華で煌びやかな生活に憧れてるの。でも、そんな事言ったって

『越えられない壁』っていうのは存在するものじゃない?」


 口を尖らせながら、不満をぶちまけるようにぶつくさと語るリア。

 そりゃそうだ。貴族なんて生まれが――血縁がすべてだ。

 この世で平民以下に生まれた時点で、どれだけあがいても貴族にはなれない。


「だったらせめて妾として囲って貰えば、それなりの暮らしができるんじゃないかって思ったのよ。もちろん、だからと言って誰でも良いってわけじゃないわ! 脂ぎったオヤジの相手なんて絶対イヤ! そのために、少ないお給金叩いて自分磨きを欠かさないわけだし!」


 そう言う彼女の肌や髪は、見れば確かに一介のメイドにしては艶も張りも潤いもあり、瑞々しい年ごろの生気に溢れていた。一方の、髪は枝毛ばかり、肌も手もガサガサで、唇だって荒れ放題だったマルグリットとは天地の差だ。

 スタイルだけはマルグリットの方が優れているようにも見えるが……リアの方も決して悪い身体つきはしていない。むしろバランスの良さの面で言えば、マルグリットよりも完成された女の色気に溢れていると思う。

 ただ二人とも、僕の趣味じゃ無い。女神には遠く及ばない。


「そんな事よりマルグリット。お前、お嬢様の身の回りの世話をしてるって、あの時言ったよな?」

「ちょっと! 自分で聞いておいて『そんな事』呼ばわりしないでよ!」


 礼儀も知らないメイドは放っておいて、僕は言葉を続ける。


「その『身の回りの世話』には、食事は入っていなかったのか?」

「あぅ……それは……」


 マルグリットは、居心地が悪そうにモジモジとして顔を俯けた。


「今回の旅が、その初めてのお役目だったんです。ヘルナル様に同行するよう言いつけられて……」


 なるほど、そういう事か。


「ねぇねぇ、あんた達の雇い主のローリエ伯ってどんな人だったの?」


 ベッドから身を乗り出しながら、リアがそんな事を聞いて来た。


「脂ぎったオヤジだったな」

「じゃぁ、パスで」


 即答か。どっちにしろ、もう故人だから関係のない話だが。


「がめついくせにどケチで抜け目ない。とは言え、その系譜はガルデニア公の分家にあたり、家柄は決して悪いわけでは無い。長い戦争が終わってからすっかり平和ボケてしまったこの国で、着々と領土を広げている実績もある」

「ふぅん」


 既に興味を失ったように、話半分に返事をするリア。こいつ、自分で話を振っておきながら……なんだか悔しいので、もう少し情報を与えてやる事にする。


「屋敷では女癖が悪かった事で有名だった。マルグリットも仲間内で話してるのを聞いたことがあるはずだ。使用人だろうと何だろうと、目に留まればすぐに手を出す有様だったそうだ」


 マルグリットは控えめに頷いた。どこか申し訳なさそうなのは、仮にも自分の主人の悪口である事と、故人の品位を貶めるような言動だからであろう。オードリィ様の事を気にしたり、外ヅラでも僕に遠慮したり、意外とこいつは義理堅いのか、それともただとにかく素直なのか。

 ちなみにヘルナルはそんな性格なもんだから、『同行するように言われた』と聞いた時は『そういうつもりだった』んだろうなと察していた。

 本人には……聞かせない方が良いだろう。おそらく未遂に終わっている事だろうし。


「げぇー、そんなの最悪じゃん。ナシナシ」

「ちなみに、息子一人と娘二人の家だった。この長男、何を間違えたのか超美形だ」

「紹介してください、何でもしますから!」


 リアはベッドから転げ落ちるように飛び出すと、両手で僕の右手を掴んで目をらんらんと輝かせた。なんて変わり身の早さで、なんて現金なヤツなんだ。

 こいつもマルグリットとは別の意味で素直なヤツなのかもしれない……あまりいい意味では無いが。

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