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 定時を過ぎた。


10分ほどしてやっと今日の分の作業が終わった。


 真治の待つコンビニまで歩いて10分ほど。


メイクを直して、会社を出るとちょうど6時半にコンビニの前に着いた。




駐車場には、懐かしい車が停まっている。


白のセダンが私を待っていた。


運転席まで近づくと、タバコを吸う彼が見えた。


半年前のように、運転席の窓ガラスをノックすると、昔のようにウインドウが静かに開いた。




「優果……久しぶり。乗って?」



ほんの少し、髪型が変わった真治、半年逢っていなかっただけなのに、また少し素敵になったように見えた。




いつもと同じ手つきでタバコを吸う様子も、自分を車に乗るように勧めるしぐさも、私の大好きな真治のままだった。


当たり前のように、助手席をあけてくれたことも嬉しくて、ここ半年の中の最高の笑顔で「うん」とうなずいた。



 真治とは仕事がらみで知り合って付き合うことになった。


一年で別れることになり、そして今こうして再会している。


もし、会社が別々で違う出会いをしていたら、こんな毎日が続いたのだろうか……


こんな風に、当たり前のように仕事終わりの私の会社まで来て私を待っていてくれたのだろうか?


 助手席から、そっと、彼の横顔を覗いた。





 私は真治が運転する横顔を見るのが好きだった。


真治から連絡をくれなくても、あまり「好き」と言ってもらえなくても、その横顔が答えのような気がしていたから。


こうして隣同士でいると、たかだか数センチの距離がもどかしくて切ない。


手を伸ばせば届く距離なのに、大きな山が間にあるように遠い。




 大好きで、大好きで、ただ、そばにいられればそれで良かった私。


いつも自分の気持ちで精一杯。


真治の気持ちをちゃんと考えて一緒にいられただろうか?


それが出来ていれば私たちは今も一緒にいられたかもしれないのに。


今更気が付いても遅い。






 車は、行き先も告げずに走り続ける。


真治と一緒にいられるなら、私はどこに行こうがかまわない。


どうして、彼が私の居場所を知ったのか、そんなことは今聞きたくない。


なぜ、彼は私に連絡をくれたのか、気になるが聞けなかった。


用事が済んだらもう、帰らなくてはならないのなら、このままずっと車に乗っていたい。


彼の匂いのする、この車の助手席なら、このまま息絶えてしまっても幸せだから。




 真治は、私の大好きな横顔のまま、ぽつりと言葉を発した。


「……優果がいなくなると思わなかった。


気が付いたら会社からも姿を消していて、みんなその後のことを知らなかったから。聞くのに苦労したよ」


 なるほど、彼は総務の人から私の現在を聞いたんだ。


転職と言うのは手続き上、前の会社に連絡をすることがある。


そんな当たり前の事をすっかり忘れていた。







大好きだった真治。


そして今も変わらず大好きな真治。


きっとこれからも大好きなままであろう真治。







……彼が私に何をいうのか、私はじっと待っていた。






 彼は、二人でよく来た、夜景のきれいな小高い丘まで運転した。


いつもと同じ場所に車を止めた。


あのときと同じように車の中に二人はいた。


 違うのは、二人の間に半年という月日が別々に流れていただけ。





「やっと今日、総務の同期と話が出来て、転職先が分かった。


とにかく、すぐに連絡したくて、ね」


 彼は、少し寂しそうに笑った。



自宅に連絡すればいいじゃないのよ?


そう突っ込みたかったが私は言葉を飲み込んだ。



 ずるい、ずるいよ。


そうやって、いつも、私に最後の一言を言わすの?


それとも、何か他に逢う理由があるの?


彼と車の中でしばらく見つめあった。


真治は私の瞳の中で合図のようにゆっくりうなずいた。








 その合図は恋の媚薬。


周りの空気ごと彼に吸い寄せられる。


心が甘くとろけてゆく。





不可抗力の強い引力のまま、近づいて目を閉じる寸前で……







精一杯甘い流れに逆らい目を開いて、私は彼を見た。





「ねえ?」


彼は私が言葉を発したことに驚いて、閉じかけていた目を開いた。


わずか1センチという距離で私たちは顔をあわせていた。







「私に何か言うことない??」


彼は、私の問いかけに、不思議そうな顔をした。


「私、なんで真治に呼ばれたのかな??」


私は、真治が大好きで、真治のことを一方的に拒むことはおろか、彼の行為を中断させるようなことは一度もしたことがなかった。


骨抜きになるほど好きで、彼の手が触れただけで、全身が酔いしれてしまうくらい。


とにかく、とてもいとおしかったヒト。



 私は半年前に言うことが出来なかったことを口にした。



今、やっと……







「真治は……私のこと、どう思っているの?


私はずっと、好きだと言ってきたよね?」


彼は黙っていた。


しばらくして口を開く。


「まあ……ね。優果が好きでいてくれるなら……と思うけど」




これを言ったら本当に終わるのかもしれない。


でも、ここではっきりしないと私は前に進めない。


 私は覚悟を決めた。







「じゃあ……私がもう、真治のこと好きじゃなくても、私のそばで、私をみていたいと思う?」


 私は、真治から目を離さず言った。


 真治は顔を伏せて言う。


「優果が、好きでいてくれるなら、また一緒にいたいと思っているよ。


でも、優果にとって俺がそういう存在ではないなら、無理だよ……」







 まただ、またそう言うんだね。


私はずっと、ずっと、真治にとって一番になりたくて、必死だった。


そばにいられるだけで幸せだった。




 生まれて初めてだった。


今までしてきた恋愛はおままごとだと思った。


こんなに自分の心の中心にどかんと居座るヒトは今までいなかった。


 きっと生まれる前から、私は真治に恋をしていたと思う。


私は真治と恋をしたいから、真治を追いかけるように、この世に生まれ真治を探して生きてきたんだ……


そう思えるくらい運命を感じていた。







真治と出逢って、真治に初めて触れた時、魂が震えるような感動を覚えた。



―真治は、もう1つの私―


―私は真治なしではありえない存在―



そして、真治もそうだと思ってくれてたらいいな……そう思っていたのに。




ねえ、私のことを独占したいって思ったことある?


自分からすすんで、私を手に入れたいっていう想いはないの?


私があなたを好きでないなら、真治のそばにいる意味はないの?






大好きな真治。


いとおしい彼。


これから先、あなたのキス以上に、私の魂ごと揺さぶることの出来る男は絶対に現われない。





命が尽きて、新しく転生したとしても。







ねえ、真治。


きっとあなたなりに私を好きになってくれたんだよね?


でも、あなたが必要なのは『真治のことを好きで好きでたまらない私』なんだよね?





私は、そう、あなたが好きでたまらない。




あなたがいれば、何もいらない。


あなたにわずかに触れるだけで、心がしびれる。


私は全身であなたしか感じられなくなる。


あなたの声が、私のつめの先まで響き渡る。


大嫌いなタバコでも、あなたの唇から私の唇へ伝わる香りはここちよい。





もし、今、強引に抱きしめられたら、私は何も考えられなくなる。


ますます、あなたの虜になる。


一度離れて寂しさも充分味わった私はあなただけしかもう見えないよ……




キスをしたら、もう、今考えていたすべてのことはどうでもよくなる。


あなたのそばにいる幸せ以外考えられなくなる。



-------------






そんな悪いオトコだったらよかったのにね。


そうしたら、こんな小難しい屁理屈へりくつを考える隙もないくらい、今でもあなたにまっしぐらに向かっていけたのに。






私、プライドの高い女かな?


でもね、少し離れて冷静になれたんだ。


同じ気持ちの大きさで付き合えたらいいのにな……なんて。





真治は、そういう風にしか愛せないヒトなのかもしれない。


これが彼のペースなのかもしれない。




自分の大好きなヒトが自分を求めてくれている。


それなのに、自分はもっともっと愛を求めてしまう。


私の考えは身勝手なのかもしれない。





このまま、『真治の媚薬』のままにそばにいようかな。


真治も私が想うくらい、私に愛を感じる日がくるかもしれない。


君が他の誰かを見ていたとしても、君がそばにいない人生なんて考えられないんだ……そんな風に私を想う日が来るのかもしれないよ。





 彼は、じっと私を待ってくれている。


 私が次の言葉を発するまで……。






 彼は臆病なのかもしれない。


 不器用なヒトね。


そして、私の気持ちを大事にしてくれているんだとも思う。


彼が会社に電話をくれた時点で、充分、彼なりに気持ちに沿った行動をしてくれた。


きっと私はそれなりに彼に愛されている。


彼なりに私を必要としてくれている……そう思うよ。






 でも、私は、それでは足りないの。


時には私の気持ちなんか無視して!


強引に「もう、どこにも行かせない」なんて。


それくらいの気持ちを見せてほしいの。






私、欲張りになりました。


あなたと離れた半年間で、私はもっと、相手からも強い絆を見せてほしいと思うようになってしまったの……


「ねえ、私に、他の誰かが既にいたとしても……真治は私を取り戻しに来る??」


真治は、背もたれに寄りかかって、斜め上を見て、ため息をついた。


「……俺は優果の幸せの邪魔はしないよ。優果の幸せは優果が選ぶべきだから……」









 そういうオトナな所も私は大好きだった。


ほんの少し、物足りなく思ってしまうこともあったけど、そういう愛の表現もありだと思うから。




 きっと、今まで、いろんな恋愛をしたんだよね?



勢いや感情だけで、突っ走ってもうまくいかないことをたくさん経験したんだよね?




 大好き、大好き、大好き……


 真治、大好きだよ。


 あなたは私の一部なの。


 あなたがいないと私は私でなくなるよ……










 でも、私はそれではだめなの。


 足りないの。



 もっともっと強く抱きしめられて、


 もっともっと激しく求められて、


 本気で嫉妬されて、


 私なしでは生きてゆけないくらい、愛されたいの。


 苦しいよ、真治。


 これだけでは私、凍えてしまうんだよ……





私がこれから進む道に、あなたとの接点はありますか?


再会できますか?


もし、またあなたと恋愛できるのなら……


その出逢える場所にいる私は、そんなあなたを100パーセント無条件に受け入れられる私ですか?


真治のとなりにいる私と、現在の私の求める愛を他の誰かから受け取って、幸せを手にした私、どちらが幸せなんですか?








真治、せめてこれだけは信じてほしい。


私はあなたが大好きだよ?


もし、現世で二度と逢うことがなかったとしても、また、来世であなたを見つけるから。


その時、どんな結末になるのかわからないし、どうなるのがお互いにとって良いのか分からないけど、必ずあなたのいる来世に私は生まれるから。


 私はあなたに出逢うたび、あなたに恋をします。


 あなたに恋をするために、必ず逢いにゆきます。




私は、ルームミラーに写る真治をみた。


心に深く焼き付けるために。


どんなに時間がたっても、あなたの顔を、姿を、心を全部忘れないために。


 そうして、意を決して言葉を放った。


「……私のこと、他の男から奪い返したいくらい好きなら……また連絡して?」






私は、助手席のドアをゆっくり開けて、そっと閉めた。


私の泣き顔を見せないように、背中を向けた。


ゆっくりだけど、とまらずに歩き続けた。







……車の中で、真治は私を引き止めなかった……


とても悲しそうな顔をしていたけど、手を伸ばせば届く距離にある私の右腕を掴もうとしなかった。






……ゆっくり歩く私を追いかけようとしなかった……


車のドアを閉める瞬間、ちらっと真治の顔が見えた。


とても静かな、でも優しい目が「さよなら」と語っていた。






 ねえ、真治なりに、私を好きでいてくれたよね?


 私も真治が大好きだったよ。


 きっとこれからも……










あなたと見たこの夜景を私は忘れない。


どんな宝石より、輝くこの景色を。









こうして、私は前を見て、しっかりと歩いてゆく。








   −−完−−















































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