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彼らの初恋は淡いものだった

作者: 物置小屋

正直に言えば、毎日に疲れていた。

全国トップクラスの成績を修め、常に気品と誇りを意識し、夜は大体夜会に出席し、何度も書類でプロフィールを確認した大人達に愛想を振り撒く。空いた時間は父の仕事をいつ引き継いでもいいと言う程に知識と仕事に対する要領を身に付ける。


だが本音を言ってしまえば、いい加減うんざりしていた。

もっと遊びたい。息抜きをしたい。そして自由になりたい。


18歳といえば大人に限りなく近いが、所詮未熟な子供だ。そんな子供が愚痴を出すことは、そう不自然ではないし責められるものでもない筈だ。



そんな中、彼女はやってきた。

貴族や王族の集まる学園には異例の庶民。

長い桜色の髪とぱっちりした緑の瞳の可愛らしい彼女。

彼女は、疲れていた俺によく話しかけてきた。


『貴方は無理をしすぎ』

『一人で頑張らないで』

『エリックはエリックだわ。宰相の息子である前に、一人の男の子よ』



彼女の甘い言葉、優しい瞳に心を奪われるのに、時間はかからなかった。


彼女に出会って俺は初めて、恋を知った。



「マリア、君が好きだ。結婚を前提に俺と付き合ってほしい」



だから、思い切って告白をした。正直、断られることも予想していた。魅力的な彼女のことを好きな奴も、きっといただろう。

もう彼女の心を射止めた男がいたかもしれない。それでも、結果がどうなろうが気持ちをすっきりさせたかった。だから俺は告白したのだ。



「は!?まだ二学期なのに!?」




………だが、彼女は断るでもなく、受け入れるでもなく。唖然とした表情で叫んだのだ。


………………いやたしかに、急すぎたかもしれない。



「……たしかに出会って数ヶ月だが…君が好きなんだ。返事が欲しい」


「え…ええと……」



俯いてしまう彼女に、俺は意気消沈した。やはり迷惑か。だが、これ以上困らせる訳にはいかない。




「すまない、困らせたな。…今のは忘れてくれ」


「あ、ま、ま、待って!」



服の袖を掴まれた。一度沈んだ心が、期待で簡単に跳ね上がる。我ながら単純な男だ。



「その、付き合うとか、よく、わからなくて…ええと!」



………ああ、そういうことか。


せわしなくもまた心が沈む。優しい彼女は俺が傷付かないよう必死に頭を悩ませている。…愛しい、と思うが、それも終わりにしなくては。




「いいんだ、気持ちを聞いてくれただけで」



にこり、と笑って彼女の肩を一度優しく叩くと、足早にその場を離れた。














「あの場で泣くかと思った………!」


「よしよし」


「お疲れえ」



生徒会室にて。

書記と会計に頭を撫でられ、俺は机に突っ伏した。実際、今泣いている。あの場では意地でも泣くまいと思ったが、気を許したこいつらの前ではもうだめだ。



「……まあ、失恋はいい経験だと言う」



「……ああ」



会長でありこの国の王子である親友の言葉に重々しく頷いた。たしかに、傷心中の筈だが、既に充実感で満たされている。




「それにしても……お前もか」



「……ん?会長、それってどういう…?」



会長…ヘイゼルの言葉に、庶務のショーンが首を傾げる。

ヘイゼルは眉間に皺を寄せていたが、俺を含む全員の視線にやがて観念して口を開いた。



「……俺もガージェス…ああもう面倒だ。マリアのことが好きだった」


「……は?」


「え」


「ええ!」




全員が驚愕する。だって彼はマリアにあんなに厳しく接していたじゃないか。




「どこに惚れたかは自分でもわからん。まあ…自由で面白い女だとは思ったからそこだろう」


「いや、だがヘイゼル、君は…」



俺の言葉を理解し、彼は静かに頷いた。




「――だが、俺には婚約者…ジュリエ嬢がいる。婚約者がいる以上、他の女とベタベタと仲良くする訳にはいかないだろう」



そうだった。ただの貴族と違い、王族の彼には生まれた時に決められた婚約者がいる。

彼にとってその婚約者はジュリエ・ローズベルト公爵令嬢。この学園の女王と囁かれている程に権力や能力を持つ美女だ。



「…彼女は気が強くプライドが高いが、それでいて繊細だ。俺の浮ついた気持ちを消すためにも、マリアには悪いがあのように接していた」


「ヘイゼル…」


「ヘイゼルは優しいよねえ」



そう。表面上の態度で尊大だなんだと言われるが、彼は優しい、思いやりのある青年だ。だから俺たちも立場関係なく彼を心か尊敬し、慕っている。やめろ、と彼は顔を背けた。きっと照れている。



「……あー、じゃあ俺も言っちゃおうかな」


「え」


「おい、まさか…」




手を挙げて苦笑するショーンに、俺達は息を呑む。



「はい、そうです。俺もマリアが好きなんです」



ええええ…!!!



「いや、ほら可愛いでしょ?俺も所詮成り上がりだし、彼女、『私が貴方の気持ち、一番よくわかってるはずよ』って言ってくれて…まあ、落ちちゃいましたっていう…」


「……ショーン、まさかお前、また誰かに言われたのか?」


「気付かなくてすまん…」



ショーンの家、クレイモア男爵家は元々は庶民だった。しかし商人として気に入られ、国王陛下…つまりヘイゼルの父君に爵位を賜った。


そのことをよく思わない輩は彼の入学時からわんさかといる。それを俺達がそれなりにねじ伏せてきたはずだが……。




「ちょ、ち、違いますって!イジメとかそういうのは皆が庇ってくれたから一年の頃になくなったし!皆には本当に感謝してます!」



全員で不甲斐なさに落ち込んでいると、ショーンが慌てて否定する。



「ただ、ほら、なんていうか…仲間意識持ったんですよ。同じ庶民ですからね。すっげえ大切な友達だと思ってる皆さんにもつい敬語使っちゃうくらいだし…」


「そうだったのか…」


「まあ、それも過去系なんですけど」


「……え?」



好きなんじゃないのか?

瞬きをすれば彼はからっと明るく笑った。



「言ったでしょ?仲間意識だって。結局彼女に感じたのは恋愛感情じゃなくて親近感だったんですよ」



つまり俺の勘違い。


そう穏やかに言い切る彼は大人で、なんだか眩しく見えた。



「んー…もうこれ、言っちゃう?」


「言っちゃえ言っちゃえ」



双子の書記と会計――イシスとノウルが囁き合っている。

――そろそろ展開が読めた。



「……お前らもか」



呆れたようなヘイゼルの言葉に、二人は茶目っ気たっぷりに笑う。



「うん!」


「僕らもマリアが好きなんだー!」



「まじっすかあ…マリアちゃんすげえ」



庶務の苦笑混じりの言葉に同意する。

全くだ。いくら彼女が魅力的だからとて、よくもまあ生徒会全員の心を奪えたものだと思う。



「まあ、きっかけは単純だよねえ」


「マリアが僕らを見分けてくれたから。もちろんここにいる皆もわかるけど、女の子じゃ初めてだもん」



「成る程」



「まあでも、やっぱり僕らも過去のお話なんだけどねえ」


「だってノウルに話したら、ノウルもマリアのこと好きだって言うんだもん」


「マリアのことは確かに好きだけど、それは女の子の中で一番好きなだけ。僕はイシスの方が大切だから、イシスの大切な人はとれないよ」


「……お前ら、お互いが大好きにも程があるぞ」



呆れと微笑ましさの混じった声でぼやくヘイゼルに、俺もショーンも苦笑する。




「まあ、卒業したら出られる夜会も増えるしね?」


「そしたらマリアみたいに見分けてくれる女の子、たくさんいるかもしれないでしょ?」



ねー、とお互いの顔を見合わせ、にっこりと笑う二人。仲がいいのはいいことだろうし、まあいいか。



「さあて。ヘイゼルは婚約者持ちだから、僕らはお互い好きな子が被ったから、ショーンは勘違い……これはもうエリック、リベンジしてみたら?」


「え?」



イシスの言葉に固まる。リベンジ…リベンジ?



「まあ、いいんじゃないか?」


「応援するよー」





ヘイゼルとノウルからも暖かい声援を受ける。

リベンジ…リベンジか。うん。



「いや、なんかもういい」


がたん!と全員がずっこけた。すごい、どこかの楽団のようだ。



「いやいやいや…まあ、副会長がいいならいいんですけど…でもあんな泣いといて!?」


「簡単にへばるな」


「男らしくなーい」


「エリックならマリアとお似合いだよー?」



叱咤激励を受けるが、俺の心は変わらない。



「いや、冷静に考えてほしい。ここにいる全員、彼女のことを一時とはいえ好きだった。しかも俺の情報では騎士団長のご子息、魔術学園の学園長の孫、さらに教師すら彼女にお熱らしい。そんな彼女と結婚したら絶対に事件が起きる」



それなりの地位を持つ男を次々虜にする。まさに傾国の美女だ。

まあ所詮は俺達も学生。だがしかし、それは彼女も同じである。そんな彼女が成長したら?どうなるのか、色んな意味で恐ろしい。



「……たしかに」


「魔性の女ってやつかもな」


「すごいねえマリア」


「僕ら諦めて身のためだったかもー」




全員の納得を受けて安心する。……本当は、ここに来る前に、とある女子生徒に声をかけられたからなんだが。


『突然申し訳ありません。…どこか、具合が悪いのですか?おつらそうです…』


ときて、更にはやんわりとハンカチを手渡された。たしかにあの時は、涙を零していなかった筈なのに、まるでお見通しかのように。


………流石に変わり身が早すぎる。


何とか誤魔化せたことに安堵しつつ、俺はハンカチの持ち主のことに思いを馳せていた。




それから、1ヶ月後。




「エリック!あのね、私、」


「マリア、あの時は困らせてすまなかった。もう気にしないでほしい」


「ちがうの!私ね、」


「俺は新しい恋を見つけたから!」


「…………はあああああああ!!??」



笑顔でこれからも友達でいてほしいと告げたところ、何故か絶叫された。…変わり身の早い男ですまない。でももうちゃんと君への未練は綺麗に断ち切ったから許してくれ。


視界の端で、ヘイゼルとジュリエ・ローズベルト嬢がベンチに座って語り合っているのが見えた。どうやら彼も、婚約者とのお付き合いは順調らしい。

ショーンはお見合い話を受けるらしいし、双子は夜会で自分たちと同じ双子の令嬢と出会い、仲良くなったらしい。どうやら生徒会全員に春がきたようだ。



ああ、それにしても今日はいい天気だ。仕事も済ませたし、彼女を散歩に誘ってみようか?



登場人物

エリック・フォーゼメイト

この話の語り部。副会長。乙女ゲームの中では真面目故に悩む宰相の息子のクールキャラ。ただし実際の性格は割とどこにでもいる普通の男子。傷心中やお疲れ時に優しくされると割と簡単に惚れてしまう。そしてそれは一応自覚はしている。元々自分の隠れファンであった令嬢に猛アタック。



ヘイゼル・ウィル・クベンディール

生徒会長で第一王子。ゲームでは俺様キャラだが、実際はちょっと偉そうな態度であるが気遣い屋で責任感も強い常識人。女性としては惹かれなかったが、婚約者のことは人として尊敬している。現在は何だかんだで相思相愛。



ショーン・クレイモア

ちょっとちゃらい男爵家子息と見せかけて苦労人。ゲームではヤンデレと化すが、実際は冷静沈着で苦労した分客観的な見方をする。自分を含め、よく人を観察するためヒロインの狙いにも唯一気付いている。エリックが諦めなければ何とかして諦めさせようとしていた。お見合い相手も似たようなタイプな為、とても馬が合う。



イシス・ランブール

ノウル・ランブール


会計、書記を勤める双子。ゲームでは警戒心の強い寂しがりだが、実際は自立心も強いし特に孤独感はない。仲が良すぎて怪しまれるが、単純に恋愛より家族や友情を優先するタイプなだけ。夜会で出会った年下の双子の姉妹と波長が合い、それぞれ近々婚約する。



マリア・ガージェス

ゲームのヒロイン、そして転生ヒロイン。逆ハーレムを夢見るも、即効で告白され即効で諦められて色々計画ぶち壊し。悪役令嬢ポジションを陥れるにも、絶対に信じてもらえそうにない。詰んでる。



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[良い点] 淡すぎるwww 平和でいいですね!
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