1 始まりは裏路地
とある王国_リグネル
王権主義の元に成り立つ国でありながら、世界の中でも珍しく、民衆と貴族階級が共に互いを尊重し合う国であった。
民衆の意見を聞き入れ、貴族、王族が政治を執り行う。罪をおかせば、民衆であろうと貴族であろうと等しく裁きが与えられた。
その国の評判は、世界でも一二を争うものであった。
ただし、それは世界の評価だ。
リグネルでは、民衆と貴族階級が共に互いを尊重し合う。
ならば、民衆にすらなることの出来なかった者達は?
その者達は、リグネルの裏社会を生きていた。
他人は皆敵。その日の飯を求める生活。路地裏を歩けば民衆のヤンキー達にカツアゲされ、街を歩けば貴族に嘲笑われる。
リグネルに確かに存在する、しかし誰もが認識から外している彼らを、いつの間にか人々は「堕民」と呼んでいた。
リグネルの裏社会は堕民だけではない。貴族、民衆、あるいは堕民達もこぞって参加する憩いの場「カジノ」
人々は日々、勝っては歓喜し、負けては不幸を恨む。
本能のみで金が動く姿は、まさに娯楽という言葉が相応しい。
しかし、ただのカジノだけではない。
社会に表裏があるように、カジノにも表裏が存在する。
裏カジノ_国王が直々に運営する、まさに生と死を争う場。
億単位の金が動き、勝ちさえすればそこでは堕民すらも貴族を上回る。
しかし負ければ……それこそ堕民の扱いを受ける。
光と闇が共に存在する国の、正義は何処にあるのか_
◆
「おい!アイツを捕まえろ!万引きだ!」
(チッ……しくじったな……)
商店街を風の如く走り抜ける少年は、1斤のパンを抱えている。
「っ痛えな!前見ろ!」
(……テメェも見てなかったろ)
「キャア!危ないじゃない!」
(うるせぇババアだなぁ……)
風が巻き起こったかと思えば、すぐさま怒号が飛び交う。
走り抜ける少年_ガルアにとって、民衆達は邪魔でしかなかった。
「おい!そのガキだ!ウチのパンを盗んでいった!」
「あら?どこかで見た気がするわよあの子」
「あっ!アイツ万引きの常習犯だ!とっ捕まえろ!」
「わしゃあいつに林檎を盗られたわい!捕まえとくれ!」
ガルアの正体に気づいた民衆達は、皆怒声を荒らげる。皆ガルアの被害にあっていた。
「全く……裕福なんだから少しぐらいは分けてもらってもいいだろ……」
ガルアはため息と共に、自分の境遇に対して不満を漏らした。
◆
「どうした騒がしい!泥棒騒ぎか!?」
騒ぎを聞きつけたのか、誰かが通報したのか、警備団が商店街にやって来た。警備団長であろう巨漢は、慌ただしい民衆の1人に問いかけた。
「あっ、来てくださったんですね!メイギスさん!」
「おう、で?いったい何の騒ぎだ?」
メイギスと呼ばれた警備団長は、周囲を見渡しながら尋ねた。
「実は、また万引き犯が現れたのです。」
「何、またか……全く……ここの警備担当はどうなってやがる……」
面倒くさそうに頭を掻くメイギス。リグネル1の商店街でありながら最も万引きの被害が多いこの商店街では、警備もそれなりに厳重になっている。
「毎度毎度警備の穴をすり抜けて行くもんだから、対処のしようがない……」
「で、あの万引き犯はどうするんですか?」
「逃げられるだろうが、一応追尾班を出しておく。おい!」
メイギスに指図され、追尾班が万引き犯を追いかけに行く。
しかしもう万引き犯は見当たらない。捕まえようがもはやない。
「ハァ…今日も憂さばらしに行くか……」
◆
「ここまで逃げれば大丈夫かな……」
商店街の裏路地、人目のつかないその場所で、ガルアは一息ついていた。
「とりあえず、今晩の飯は確保っと。」
盗み出したパンをひとカケラ千切り、口に入れる。元々少ないそのパンは、味わう余裕もなく胃へ流れていく。
「まぁ、無いよりマシか……」
残りのパンを懐に入れ、裏路地の奥へ歩み出す。
裏路地……そこは堕民の居住区。
ガルアもまた、堕民であった。
「そろそろあの商店街もやめといた方がいいかな……」
裏路地を歩いていると、人々は嫌でも多数の目線を浴びるだろう。しかし元々住人のガルアにとって、もはや浴びせられる目線など慣れっこであった。
「あそこはうまい具合に盗めたんだがなあ……他の狩場を見つけとかないと……」
裏路地を真っ直ぐ歩き、2番目の角を左に曲がれば、そこはガルアの居住区であった。
袋小路となっているその場所には、ボロボロの毛布、穴の空いた木箱、なけなしの欠けた食器類にガスコンロという、民衆にとってみればゴミ置き場だが、堕民にとってはまさに良物件である。
固めた毛布に寝転がるガルア。地面の冷たさが感じられることもないほどに毛布が固まっているのは、ガルアのこの路地裏においての権力とも言えるものを表していた。
「ふぅ……何とかもっと楽に稼げる方法は無いのか……。」
星あかりのみが辺りを照らす。
試行錯誤とともにガルアは眠りに落ちた。
「ガルアさーん!起きてくださーい!ガルアさーん!」
まだ幼い声が、朝日が差し込む路地裏に響く。
「……ったく……うるせぇな……」
「ほらガルアさん!起きてくださいよ〜!」
声に不機嫌丸出しのガルアを気に留めることもなく、幼い声がガルアを起こす。
「ガルアさーん、起きてくださいよー!」
「全く……わかったわかった起きるから少し黙ってろ」
「あっ!やっと起きる気になってくれましたか!」
喜びの色を隠さない幼い声がガルアに呼びかける。
「いやー、ガルアさんはほんと朝に弱いですよね〜。お陰で僕も毎朝起こすのが大変ですよ〜」
「……おいティル」
「はい?なんでしょうガルアさん?」
「言った意味が分からねぇか?俺は黙れって言ったんだ。朝っぱらからテメェの声聞いてたら耳が壊れるぞ」
「えー!酷いなガルアさん!僕はガルアさんを起こそうとおも……」
「分かったから黙れ」
不機嫌丸出しなガルアの言葉を、あまり気に留めることなく受け流すティル。
「はーい。ちぇっ、ざんねーん。」
「カワイコぶっても何もしねぇぞ。」
「で、何の用だ?ティル」
眠りから目覚めたガルアが、朝っぱらからたたき起こしたティルに尋ねる。
「あっ、そういえばガルアさんに伝えておくことがあったんだった〜」
「おい、その様子だと今それを思い出したみたいだが……」
「ええ、今まさに思い出しました!」
「……じゃあ何でお前は俺を起こしに来たんだよ……」
「それは習慣ってヤツですよ!」
ガルアの問いに、ごく当たり前のように答えるティル。
「……ハァ、もういいよ習慣で……」
習慣などという言葉で片付けて欲しくない被害者も、話の先を知るために渋々受け入れる。
「それでですね!ガルアさんに伝えたかったことはですね!」
今までより力を込めて話すティル。
「なんだ?ずいぶん本気だな」
今までふざけた内容しか話してなかっただけに、ガルアの興味は話に注がれる。
「ふっふっふ、知りたいですか?ガルアさん?」
「いや聞かなくていいからさっさと帰れよ」
無駄に溜めるティルに乗ることも無く、飽きたのだろう、帰りを促すガルア。
「ちょっとちょっと!聞いて下さいよガルアさん!」
慌てて答えるティル。
「テメェがめんどくさい話し方するからだろう」
「分かりました、話しますよぉ〜」
興味が削がれているガルアを呼び止めるティル。ティルとしてもガルアには伝えておきたい内容だ。
「分かったからさっさと言え」
「わかりました!では単刀直入に……」
「ガルアさん、一攫千金、しませんか!?」