従うべき者
ルルは顔を上げた。砂浜に座礁し、朽ち果てつつある木造船の内部である。元は軍艦であり、艦橋の部分はあたかも天守閣のように作られていた。
頭を上げ、立ち上がったルルの前にいたのは、玉座に座したまま、船よりもなお朽ちた姫であった。王冠を被り、ドレスをまとい、朽ちていた。干からびた肌は黒くくすみ、ぴくりとも動かない。
それでも、姫が生きていることをルルは疑わなかった。死ぬことができないのだ。ただし、いまは動けない。生きているとはいえない状態でも、死ぬことはできない。それがどれほど辛いことか、ルルには想像もできなかった。
姫は、姉でもある。同じ血を引きながらも、王女の地位は姉が継ぎ、ルルは高貴な仕事としてメイド頭に就いた。姉は国を追われても、死ぬことができない呪いを受けても、従うメイドたちを奪われても、つまりはすべてを失うだけでなく人として生きられなくなってさえ、姫であることは変わらなかった。姉が姫であり続ける限り、ルルもメイドを辞めるつもりは無かった。
「猫でよろしいのですね、ララ様」
朽ちた姉は返事をしなかった。しかし、ルルは迷わなかった。ララの表情が嬉しそうに見えたのだ。
猫がすべての鍵を握っている。
この島に、野生の猫はいない。死んだ博士の研究所を見に行ったとき、一匹だけ見たことがある。名は確か、逆剥太郎といったはずだ。
血のつながった姉でありながら、朽ちた体でありながら、姫でありつづけるララに、ルルは最大級の敬意を払いながら退室した。