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逆剥太郎と闇メイドの島  作者: 西玉
ララ王女
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ご主人様の出撃

 名を与えられなかった『ご主人様』は、失敗作たちをそそのかし、座礁した船を襲おうとしていた。失敗作とは、博士の研究によって偶然生まれた生物と、実験の結果が伴わずに話すことができなかった動物である。前者はいわゆるオタク族であり、後者は知恵が発達する代わりにどうしたわけか体が巨大化した両生類、オオサンショウウオもどきである。

 現在、日が高く天空にある。メイドたちは役に立たない。何より、メイドたちとルルはあわせたくなかった。船の中には、まだララがいるかもしれない。闇メイドに対する『御前様』の支配は、まだ完全ではない。

 『御前様』の呪いを受けながら、屈服せずに生血を拒否し、ついに干からびてしまったララだが、まだ死んだとは断定できなかった。『御前様』の呪いを受けたものは、呪いを解かない限り死ねないのだ。呪いを解く方法は知られていない。動物達に知恵を与えた博士が死んだいま、その方法が発見されることはないだろう。呪われた白鴎カレンのように体が燃えたとしても、灰だけになっても死ぬことができず、永遠に苦しみ続けるのだ。

 ひょっとこの面とマントで全身を隠した『ご主人様』は、巨大オオサンショウウオにまたがり、オタクの集団を追い立てた。まったく『萌え』ない存在である『ご主人様』とオオサンショウウオをオタクは嫌い、元来人見知りであるオタクは逃げ惑った。追い立てるのは簡単だった。

 歩みの遅いオオサンショウウオの足ではあったが、半日以上をかけ、『ご主人様』はララとルルの城である座礁した船を目前としていた。


 船の側まで来たとき、『ご主人様』は船の荒れ果てた様子を確認した。まともに動けるのがルル一人では、軍艦としても使用されたであろう巨大な船を維持するのは不可能だった違いない。見た目が朽ちているだけではなく、船底のあちこちに穴が開いている。海に乗り出すことはできないだろう。侵入口はいたるところにある。

「オタクたち、準備はいいであるな」

 『萌え』というエネルギーを失い、オタクの数は一桁にまで減っていた。途中で逃げ延びたのかもしれないし、動けなくなって土に埋まっているのかもしれない。分裂したものは一つに戻ることができないが、個体としては悲しいほど弱い。いずれにしても、オタクの生態には『ご主人様』も興味はなかった。

 数が少なくなろうとも、メイドに対するオタクの効力は、城の闇メイドたちが実証済みである。干からびたララは問題ではない。話す動物も、巨大オオサンショウウオがいれば問題ではない。メイドたちの報告では、一緒にいるのはウサギと猫だという。『ご主人様』だけでも十分だ。手ごわいのはルルだけだ。そのルルも、オタクの気持ち悪さに抵抗できるはずが無い。

「いいわけがない!」

「そうだ! いいわけがない! 同士三等兵、言ってやれ!」

 オタクにすら名前がある。必死、かどうかは判別できないが、とにかく抵抗しようと醜く口を開けるオタクたちを、『ご主人様』は憎らしく思った。

「はい! 言ってやるであります! 同士軍曹!」

「うむ! 言ってやれ! 同士三等兵!」

「はい! 言ってやるであります! 同士軍曹!」

「うむ! 言ってやれ! 同士三等兵!」

 延々と繰り返すオタクたちにうんざりしながら、『ご主人様』はこの無駄なエネルギーをどう利用しようか考えた。巨大オオサンショウウオの餌にしてしまえば静かになるが、それではルルを排除することができない。

 オタクの生態には興味もなく、知りたいとも思わない。しかし、思いついた。オタクを利用する方法である。オタクがどうして『ご主人様』の城に大挙して現れたか、城に現れて何をしたか、思い出せば簡単なことだった。

「この船の中には、メイドがいるのである」

 オタクたちの、半ば開いた口が、開いた形のまま静止した。声は発せず、かといって口を閉ざしもせず、オタクたちは互いに見交わした。ほとんど顔しかないので、めまぐるしくもぞもぞと動いた、というのが正しい状況である。

「本当か!」

 叫んだオタクに、『ご主人様』は不機嫌にうなずいた。不機嫌なのは、『ご主人様』にとっても、不快な連中であることは間違いなかったからだ。

「もちろんである。しかも、メイド頭がいるのである」

 オタクたちはざわざわと色めきたった。数が増える。メイド頭というだけで、『萌え』ているのだ。ルルがメイド頭であることは、『ご主人様』が使用するメイド長たちから聞いていた。『ご主人様』が新たにメイド頭を選任しようとしても、メイド長は誰も引き受けようとはしなかった。それだけ、ルルの存在が大きいのだろう。『ご主人様』がルルを危険視する最大の理由である。

「同士たち、突撃準備!」

「「「「「突撃準備よろし! 同士軍曹! 合図をどうぞ!」」」」」

 急にやる気を出したオタクに、『ご主人様』は半ばあきれたが、思う壺である。ほうっておくことにした。

「行くのである」

「突撃ーーーーーーっ!」

 まさにときの声だ。妄想で『萌え』たオタクはますます分裂して数を増し、朽ちた船に殺到した。どれだけ勢いがあろうが、歩みは遅い。オタクの形状が故である。

「それでは、私達も行くのである」

 巨大オオサンショウウオは失敗作である。話すことはできない。しかし、知恵は低くない。ただし感覚は鈍い。『ご主人様』の声に応えず、朽ちた船の前でうたた寝をしはじめた。『ご主人様』が鞭を振るう。巨大サンショウウオがゆっくりと砂浜から胴体を持ち上げた。

 空がかげる。

 もう日が落ちたのだろうかと、『ご主人様』が振り仰ぐ。

 太陽が翳っていた。夜ではない。しかし、曇りでもない。太陽は天空にある。覆い隠していたのは、無数の黒い翼だった。

「依頼したとおりに来たようだな」

 同じく失敗作の、カラスたちである。カラス達は激しく上空で声を上げた。聞き取ることはできない。

「頼むぞ。猫はすばしこい。もし船から逃げ出すようなことがあれば、始末しろ。私の城まで運んでくれてもいいがな。捕らえてしまえば、猫などどうにでもなる。報酬は、城に捕らえた動物達だ。メイドたちがまた捕まえる。好きなだけ殺し、肉をついばむと良い」

 天空の黒い影たちが、激しくぶつかり合いながら、それでも飛び続ける。喜んでいる。『ご主人様』はそう理解した。

 ――カラスども……忌まわしい連中だ。

 『ご主人様』は巨大オオサンショウウオにまたがっていた。オオサンショウウオは動き出していたが、もともと遅いのでなかなか進まなかった。中ではオタクが暴れているはずだ。『ご主人様』は待ちきれず、自ら乗り込むことにした。

 マントの中から腕を伸ばし、朽ちた船の外壁に張り付いた。体の大きさから言えば、入れるはずの無い大きさの穴から、内部にもぐりこんだ。あたかも、骨が無い者のような動き方だった。

 穴に入れなかったひょっとこの面とマントが、まるで『ご主人様』の遺物であるかのように、砂浜に落ちた。


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