愛されなかった者たち
名前さえ付けられていない赤ら顔の生物は、ぬめぬめと歩いていた。人間が見れば、火星人と呼ぶだろうか。発達した足の筋肉で頭部を持ち上げ、ぬめぬめと歩いた。
タコというのが、生物の種類としての呼び名である。
八本の足をぬめぬめと動かし、歩く足を六本に減じた。残りの二本を腕として使うためである。
大仰な機械装置の前に立つ。何度も見ていた。使い方は知っていた。
ハウスベルスト博士は、知恵を与えて以来、タコには見向きもしなかった。タコは他の動物達に比べ、強くもなく、可愛くもなかった。博士にとっては、ただの実験対象以上のものではないのだろう。
猫の逆剥太郎のほかにも、特別に可愛がられている動物は多い。タコはその数多い動物には入っていなかった。
研究室の役割を担う洞窟の奥には、近づくことを禁じられた檻があった。近くで監視するためか、博士は大事な研究装置の前に、得体の知れない化け物が入った檻を置いた。ある意味では、もっとも大切にされているとも言えるのだ。
「やあ、化け物」
檻を隠している大きな葉をどけた。監禁していながら、目にするのを恐れているかのように、博士はこれを隠した。
檻の中にいたのは、巨大な筋肉の塊だった。造形は人間に近い。全身が真っ赤に染まり、髪を長く垂らしていた。ぬれたような髪に隠れて、顔の表情すら読むことはできなかった。
化け物がうなる。
「そう怒ることはないのである。オレも、君と同じである。世の中のすべてを恨むのである。そのために産まれてきたのである。動物どもにも、ハウスベルストにも、後悔させてやるのである。オレを、まるでクソにたかるハエのように扱ったことを。化け物、お前に力と知恵をくれてやるのである。オレに従うのである。いいであるな」
返事は肯定とも否定ともつかない、うなり声だった。危険でも構わない。もう、決めたのだ。
タコは機械を作動させた。
しばらく、誰も来ないはずだった。海岸に巨大な船が停泊していると、逆剥太郎が騒いでいたのだ。船の目的がなんであれ、人間のハウスベルストにとっては大事な相手だろう。なにしろ、船に乗っているのは、普通の、本物の人間なのだ。
「ほしいものはくれてやるのである。オレに従うのである」
檻が弾けとんだ。
鬼は言葉を発さなかった。その意味では、ハウスベルストの研究は通用しなかったのだ。動物ではないからだろうか、鬼には通用しなかった。ただ、通常の結果が出なかっただけで、完全な失敗ではなかった。
鬼の目は確かな理性を示し、タコに従った。
檻を引きちぎった鬼は、静かに牙を向いた。タコは己に酔っていた。解放された鬼の肩に絡みついた。タコは気付かなかった。自らに従う素振りを見せた鬼の牙が、自分に突き刺さった。タコはそのことに気付くと、自分の足を自ら切り離した。空腹なら、タコは自分の足すら食料とする。鬼の力はタコに通じず、タコはその力を自分のものだと過信した。