表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆剥太郎と闇メイドの島  作者: 西玉
正義のメイド ルル参上
PR
13/33

御前様

 白鴎カレンは闇のメイド長である。言うことを聞かないミカやクミといった問題児を指導し、監督する立場にある。いままでは立派に仕事を果たしてきた。島に流れ着いた多くのメイドたちと同様、現在の『ご主人様』に仕えてきた。

 『ご主人様』は『御前様』のために、話す動物を捕まえてささげるよう指令を出した。とりわけ、猫を欲した。猫だけは、死体にすることを要求された。メイドとして使えるべきは『ご主人様』だが、真の主は『御前様』なのかもしれない。

 『御前様』は誰にも会われない。ただ、現在のメイドがいつまでも若く美しくいられるのは、『御前様』のお力によるものであるらしい。代わりに太陽の光を嫌い、夜更かしをするようになったが、誰も気にはしない。夜更かしをしても、肌が荒れなくなり目の下に隈ができなくなったのなら、何の問題もないのだ。

 その白鴎カレンが、『御前様』の前に引き出されていた。白鴎カレンの前にあるのは、四角い壁と、壁を覆う布だった。白鴎カレンには、布の向こうは見えていなかった。

 知っている場所だった。城の一角だ。メイドたちが力をあわせ、『ご主人様』に命じられるまま、なれない力仕事を続けてようやく完成した城の一角である。城を作ってから、あるいはその遥か以前から、『御前様』は誰の目にも触れることはなかった。ただ『ご主人様』のみが、面会を許されているようだ。『御前様』の風貌は、誰も覚えていなかった。すばらしい美女だというのが、『ご主人様』の口癖である。

 白鴎カレンの背後には、白鴎カレンと同じ立場の四人のメイド長がいた。城のメイドの数は八〇人を超える。束ねる立場の者が必要なのだ。さらにメイド長の代表たるメイド頭は、ずっと空席になっている。かつてはメイド頭として君臨する小柄なメイドがいたような気がしたが、思い出すことができなかった。

 左右には、白鴎カレンと同じように縛り上げられた、動物達がいた。猿ぐつわをかまされているのは、いずれも言葉を話す動物たちだからだ。『御前様』は一日に一匹、動物を食すという。特に話ができる動物を好むのだと、『ご主人様』は常に語っていた。だから、言葉を話す動物を連れてくるように命じたのだ。だが、猫だけは大嫌いなので、見つけ次第殺すようにとも言っていた。

「『ご主人様』後生です」

 命乞いなどしたくなかった。メイド長としてのプライドがある。最後までプライドを守り、ついに口にした命乞いは、ひょっとこの面を被った赤いマントの男、『ご主人様』には通じなかった。

「何を言っているのであるか? 『御前様』に召し上がっていただくものを調達するのは、メイドであるお前達の、最も大事な仕事である。白鴎カレン、お前はせっかく捕まえた動物を逃がし、さらに猫を取り逃がしたというではないか。『御前様』は話ができる動物を好んで召し上がるのである。捕まえてこられなかったのだから、話しをする動物として差し出されるのは当然である。本来の務めを果たすのに、何の問題がある?」

 つまり、白鴎カレンは他のメイド長が捕まえてきた動物達と、同列に並べられている。『御前様』が召し上がるのは、差し出された動物のうち、一匹だけだ。『御前様』が、並べられた動物のうち、一匹を自ら選ぶのである。白鴎カレンは、五つの動物の一つに数えられている。

「しかし、『ご主人様』……動物を逃がしたのは、私の責任ではありません」

 ミカとクミは、普段から問題ばかり起こしている二人組みだ。一時はコモドドラゴンの餌になったのではないかと心配したが、夜になると平気な顔をして帰ってきた。食料として他のメイドの罠にかかっていた動物を、代わりに差し出したと言っていた。二人は『ご主人様』から鞭打ちのお仕置きを受けたという。それだけで許されたのだ。

 『ご主人様』は、白鴎カレンの顔を覗きこむように腰を折った。いつも長いマントをまとっているので、体を人目に晒したことがない男だった。足すらも同様だ。たくさんの足があるかのような滑らかな移動の仕方は、見るものによってはおぞましいとさえ思うだろう。もちろん、『ご主人様』に向かって直接言うメイドは一人もいない。

「白鴎カレンはメイド長である。責任をとるのは当然であろう」

「し、しかし……」

 ミカとクミが鞭打ちで、白鴎カレンが『御前様』の餌では、あまりにも差がありすぎる。白鴎カレンは助けを求めるように左右を見た。四人のメイド長たちは、一歩後ろに下がったまま、顔を伏せて身動きすらしなかった。白鴎カレンの隣には、縛られて猿ぐつわをかまされた、川魚、野ネズミ、モグラ、ヘビが転がされていた。猿ぐつわをかませるのは、命乞いをして騒ぐのを防ぐためである。白鴎カレンの口がふさがれなかったのは、せめてもの情けなのだろう。

 動物達は猿ぐつわをしている。つまり、本当に言葉を話す動物かどうか、確認ができないのだ。白鴎カレンは知っていた。毎日狩りを続け、『御前様』に献上しているうちに、言葉を話す動物はかなり減ってきていることを。白鴎カレンと一緒に並んでいる動物のうち、どれだけが実際に話せるのかはきわめて疑わしい。あるいは、一匹もいないかもしれない。

「問答無用である。『御前様』、お食事の用意ができましてございます」

 なんとなく粘りつくような言い方で、『ご主人様』が壁の向こうに語りかけた。メイド長たちが顔を伏せるのがわかった。普段は、白鴎カレンもそうするのである。『御前様』はお食事の姿を見られるのが嫌いだと、『ご主人様』が言ったからである。

 このときだけは、白鴎カレンは顔を伏せさせなかった。

 布がゆれる。内側に、何かがいる。

 壁だったのではない。

 鉄格子、あるいは、檻だ。

 ――『御前様』が……檻の中に?

 囚われているのだろうか。『ご主人様』は、『御前様』を監禁しているのだろうか。

 白鴎カレンは、『御前様』に同情するところだった。

 思いとどまったのは、布を選り分けて現れた、筋張った手を見たからだった。長く、太い指に、黄色い鉤爪が生えている。人の手の形状をしている。だが、人の手だとは思えなかった。

 布から突き出たのは、腕から先だけだった。一本指を突き出した。メイド長たちが顔を伏せている間にこのようなことが行われていたのかと、白鴎カレンは気分が悪くなった。

 指先が惑う。短い間だった。

 止まった。白鴎カレンをまっすぐに指差した。

「『御前様』のご所望である」

「ひっ……」

 言葉すら出なかった。恐ろしさに、ただ震えた。

「前に出るのである」

 動けなかった。『ご主人様』を見つめ、小さく首を振った。涙があふれてきた。頬を伝った。

 通じなかった。『ご主人様』は無慈悲に背中を押した。前に押し出される。白鴎カレンの胸元に、『御前様』の手が触れた。

 太ももが濡れた。スカートが汚れた。

 暖かい蒸気も、『ご主人様』はまるで意に介さなかった。

「『御前様』に食われるとは限らないのである。『御前様』のお気に召せば、お前も『御前様』の同類にしてもらえるかもしれないのである。あの、ララのように」

 ――ララ?

 聞いたことがあるような気がした。思い出すことができなかった。考える余裕も無かった。白鴎カレンは強引に『御前様』に引き寄せられ、布の内側に入り込んだ。

 肩を強打した。鉄格子にぶつかった。やはり、『御前様』は檻に入れられている。格子の隙間が大きく、白鴎カレンは引きずり込まれた。

 縛られたまま、抵抗することはできなかった。

 引きずりこまれ、転がされた。

 『御前様』を見上げた。

 長い髪で顔が隠れていた。

 細い体をしていた。

 何枚も服を重ねていた。

 まるで、昔のお姫様のようである。

 ――お姫様?

 思い出しかけた。ララのことを、その断片を。

 『御前様』が髪を掻き分けた。

 鬼だった。

 白鴎カレンは悲鳴を上げた。あるいは、断末魔の絶叫だったのかもしれない。

 鬼の口が近づいてきた。

 長い牙が、肌を食い破った。

 ――思い出した。わたしはずっと……ララ様に使えていたのよ。ララ様……気高い、お姫様に……。

 大量の血が吹き出る感覚と同時に、白鴎カレンは闇に落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ