博麗の巫女から風祝へのとても短い、
この短編小説は、上海アリス幻樂団(東方プロジェクト)の二次創作です。
ピースブリッジさん主催の企画。第3回ランダムカップリング企画参加作品です。第三回テーマは早苗と霊夢。
妖怪の山。守矢の神社。
鳥居を超え。境内を渡り。信仰の湖を過ぎ。
本殿を跨いで裏境内へと踏み込んだ奥。本殿から別離されて建つ、古めかしいお社。
隠し秘された、五畳間半の洩矢の社。
かさかさと和紙の擦れる音が響いて、墨書きで綴られた文章が開かれてくる。
昔ながらの文を大事そうにゆっくり開いていく。
それは力強くて達筆な、それでいて流麗な文章であった。
「・・・これ・・は、この文字は・・・」
――それは確かに博麗霊夢による字であった。
守矢神社。洩矢の社。文に綴られた言葉を呆然と眺める神様は、開きかけた口を噤み。
そして、ゆっくりと。神様から距離をとって入り口付近の敷居傍で正座している紅白の巫女へと、視線を上げる。
紅白の、博麗の、巫女は・・・。固くなに無表情を守りながら、何かに耐える様に視線を下げていた。
守矢の神社。鳥居を超えて、境内に紅白の少女が降り立った。
博麗神社の巫女・・・、博麗の巫女は守矢神社の境内を渡る。
目の前には境内を竹箒で掃いている少女がいた。博麗の巫女の姿を一瞥すると、箒を止めて、博麗の巫女を刺すような眼差しで見つめている。
お互いに目が合うも、博麗の巫女は言葉も掛けずに本殿へと向け歩き出す。
「今日は、忙しいのよ。とても忙しいの。そんな恰好でやって来て、誰に会うつもりなの?」
不機嫌そうに刺々しい言葉を掛けながら立ちはだかる少女に、博麗の巫女は告げる。
本殿を跨いで、裏境内へと踏み込んだ先に建つ、洩矢のお社にいる神の名を。
行かせない。そんな言葉を掛けられた博麗の巫女は即座に符を身構えている。
境内の少女も、後手に回る気は更々ない様であった。
守矢神社。境内の少女は打ち倒され、石灯篭にへたり込んでいた。
境内の少女より背丈の低い博麗の巫女は、無表情を終始崩さず何かに耐えるかの様な表情で近づいてくる。博麗の巫女は境内の少女の頭に手を乗せて、顔を寄せてきた。
境内の少女は顔を背けそうになる。そして横を向こうとする。そして大好きな緑色の髪と、その髪に絡まる様に留まる特徴的な髪留めに目が留まる。
自分の付けている物を見てモチーフとなっている白蛇の赤目に見つめられた気がすると、境内の少女は・・・ふっと力が抜けた気がして博麗の巫女に向き直っていた。
口数の少ない博麗の巫女が、もう一度問いかけてくる。
風が、・・・一斉に止んでいた。
「早苗さんは、何処なの?」
境内の少女は諦めた様に表情を和らげ、博麗の巫女へと言葉を返していた。
「お母さんは、裏境内の御社にいるわ。博麗の巫女」
博麗の巫女は信仰の湖を過ぎ。本殿を跨いで。裏境内へと踏み込んで、奥へ。
洩矢のお社へ。その中に居る神様へ、一通の手紙を手渡す。
それだけが。博麗の巫女が果たしたかった全てであった。
守矢神社の風祝。現人神。守矢神社の三人目の神様に手紙を手渡した博麗の巫女は、とても小さい体をピンと張りつめた様に正座する。
言葉を噤み、無表情に徹し、何かに耐えるように・・・。視線を下げて待っていた。
東風谷 早苗は、とても大事なモノに触れるように和紙の手紙を開いていく。
その文字は確かに博麗 霊夢によって綴られた手紙であった。霊夢から早苗への、とても短い、けれどシッカリとした達筆で、流麗な文字で、心の込められた手紙であった。
早苗は顔を上げると、とても小さい体を固く縮こめて正座している博麗の巫女に問いかけていた。
震えそうな声を必死に抑えて問いかける。
小さい博麗の巫女は顔を上げられず、正座したまま袴を強く握りしめながら答えた。
「その文を守矢の神様に、・・・現人神の・・・」
博麗の巫女がさっと顔をあげる。小さい体にそぐわず、強い思いを堪えている様な表情であった。
「早苗さんに渡して欲しいと、託されたのです!」
「・・・・最後に託されたのです」 声は段々と絶ち消えていった。
早苗は手紙を落としそうになる。目の前の博麗の巫女を見つめながら、大事な霊夢の手紙をしっかりと大事そうにたたんで、両手に抱くように押さえていた。
そして・・・、博麗の巫女は。
再び目線を落とすと、また無表情に戻る。
博麗の巫女が口を開いた途端、周りの音が一斉に止まった様に感じた。
「母 は 、 ・ ・ ・ 逝 き ま し た 」
早苗は不思議と心が落ち着いていた。
心の何処かで、答えを予見出来てしまっていたのかも知れない。
「そうですか・・・。霊夢さんは、逝かれましたか・・・」
――静かな間が続いている。
早苗は手に抱いた手紙を、そっと取り出した文箱へ仕舞う。
守矢神社。洩矢の社。
博麗の巫女と、風祝。
洩矢の社に座る風祝の現人神は、博麗の巫女に優しく柔らかい言葉をかける。
「博麗霊夢からの文、確かにお受けしました」
「ありがとうございます」
小さな博麗の巫女は深々と頭を下げていた。
早苗は努めて優しく微笑んで、博麗の巫女を見つめていた。
目の前の巫女程に子供だった頃の霊夢を知らない早苗は、目の前の巫女を眺めながら思う。博麗霊夢が本当に小さかった頃は、きっとこんな感じだったのだろうと。
「博麗の巫女さん、どうしても一つ。お伺いしたい事があります」
「はい。なんで御座いましょうか」
早苗はふと窓を見つめる。やはり、烏天狗の気配がしていた。
目の前にいるのが確かに博麗の巫女なのなら、きっと彼女も気付いている筈であった。
「あなたのお父さんは、誰なのですか?」
「・・・えっ」 博麗の巫女が、ひくんと身震いして顔を上げる。
「誰なのですか♪ お父さん」 ニコリと微笑む風祝。
博麗の小さい巫女は、僅かに窓を一瞥して視線を戻す。
やはり状況に気付いている様であった。
返答のもたらす状況にも、気付いている様であった。
「香霖堂の店主さんですか? 里のどこかのAさんですか?」
「それとも遥か天上のイケメン神様ですか?」
「・・・」 口を噤む博麗の巫女。
何かに耐えるような無表情を守っていた博麗の巫女は、口元を袖の先で拭うように隠してしまう。
その無表情が引き攣っていた。
「その切り返しは想定外だったわ、早苗」
「何をやってるんですか!」
「ナ・ニ・を! やってるんですか! 霊夢さん!!」
言葉の調子に合わせて、早苗は畳敷きの床を手のひらでバンバン叩く。
全身白い、割烹着の様なスタイルと白い頭巾をかぶっている守矢の風祝さん。
「ご覧の通り! この大掃除で忙しい時に、そんな恰好でやって来て! 」
「ご自分の神社はホッタラカシてまでする事ですか。それが!・・・それどーなってんですか!」
「だ・・・だって、朝起きたらこんなんなってたんだもの。・・・紫め、あのスキマ、偶に冬起きすると寝ぼけてロクでもないこと仕出かして行くのよ」
「・・・だから、ちょっと、もののついでで・・・この間の宴会の・・・」
「謝りに来たと、言うわけですか。このあいだのって、宴会は随分前の事だった気がしますけど」
「と・・とにかく。手紙にも書いたけど、私もちょっと言い過ぎたわっっ、アルハなんとかは良く分からないけど」
「アルハラですか?」
「ちっちゃい子のやった事だと言うことで、これで仲直りよね、ね。だから正月はまた何か催しに来てもいいのよ?」
「ちょっと、また言われた事思い出してきました」
博麗の巫女の先ほどまでの凛とした佇まいは何処へやら。
きっと霊夢は、子供時分の昔から、変わらずこんな感じだったのだろうと。
早苗は考えを改めるのだった。
小さい体を最大限に活用して媚びてくる博麗の巫女の後ろから、信じがたい事に、小さい頃の自分と思しき人影が姿を現した。・・・気がした。
きょとんと、一瞬思考停止させてしまう。目を擦ってもう一度よく見ると。
「さーなーえー。私の社の大掃除終わるのまだ~? 早く戻らせてくれないかな~?
自分自身をそのまま縮めたような姿見の洩矢 諏訪子が立っていた。
(そのお姿はあまりにもキュート過ぎるっ!! By.早苗)
「諏訪子さま!? そ そ その髪はいったい、どうされたのですかっっ」
「小っちゃくされたついでに、私が作ってみたのよ」
「あーうー、この紅白巫女に被らされたんだよ~。巫女の癖に神に被り物させていくとは、なんて不届き者な巫女なんだ~」
「なによ、諏訪子だって結局ノリノリだったじゃない」
「・・・霊夢さん。許します。だから諏訪子さまを私にください」
「わたしを!?」
「あと霊夢ちゃんも私にください」
「霊夢ちゃん!?」
すと、無言で立ち上がる現人神さまは、とてもイケない雰囲気をまとい始める。
洩矢のお社からじりじりと後退してくる二人の少女。
「と・・・とにかく、私、謝ったからね。もう退散するわ。紫探しの猫探しをしてくるから帰るわ!」
守矢の神社。洩矢の社の大掃除。
掃除スタイルの風祝さんは、一人、博麗の巫女のしたためた手紙を読み返していた。
それは確かに博麗 霊夢の字であった。
とても短い内容だけど、しっかりとした達筆で、流れるように美しく流麗な字体で。
あの小さな博麗の巫女の体で書ける様には思えない程、見慣れた霊夢の字であった。
「うふふ、小さい博麗の巫女さん。これも小さくなったついでなのですか?」
空になった文箱をそっと戻すと、博麗の巫女から風祝への文をそっと懐に差し込んだ。
東風谷早苗にとっての、今日のこの出来事は・・・。
博麗の巫女から風祝へのとても短い、嘘 ――でした。