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訛り雀がチュンと鳴く 作者:福山陽士

第1章

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1.雀、現る

 ベッドの上で半身を起こした状態で、俺は今、全身に鳥肌を立て硬直していた。どうして俺がそんな状態になっているのかは、俺と視覚を共有してみればすぐにわかるだろう。
 俺の視線の先には、一羽の雀がいるのだ。
 いったいどこから入ってきたのだろうか。俺の勉強机の上に雀がちょこんと佇んで、こちらを見据えている。もちろん普通の雀を見ただけでは、俺もこんな反応はしていない。
 この雀、でかいのだ。異様に――。
 普通雀といったら、小さなマグカップにスッポリと収まる程度の、まさに手の平サイズと呼ぶに相応しい大きさなはずだ。だが俺の目の前にいる雀は、どう贔屓目に見てもサッカーボールほどの大きさはある。こんなにでかい雀なんて、当然今までに見たことなどない。突然変異にしても異常すぎる。
 そのでかい雀は、首周りに青いスカーフみたいな物を巻いていた。いや、良く見るとあれは大きめのタオルハンカチだろうか。

 ――青いハンカチ。

 その単語を認識した瞬間、俺の脳内にある出来事が洪水のように押し寄せてきた。
 それは幾度となく脳内で再生されてきた、小学二年生の時の思い出。同時に激しい動悸が俺を襲う。瞬く間に呼吸が荒くなっていくのが、自分でも良くわかった。
 まさか――。いや、でも、あれは――。

「お前、もしかして……チュン、なのか?」

 気付いたら震える声で、俺はその雀に問い掛けていた。雀は黒くて丸い、ボタンのような目を一度瞬きさせると、僅かに(くちばし)を開いた。

「ええ加減めそめそすんのやめぇや、悠護(ゆうご)
「――――!?」

 喋った……。
 雀が、喋った……!?
 いや、そんなことはどうでもいい。普通に考えたらどうでもよくないかもしれないけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃないんだ。
 今この雀は、俺の名前を呼んだ。
 悠護。
 間違いなく、俺の名前だ。そして雀は俺が呼びかけた名に、否定をしなかった。
 つまり、本当にこの雀は……。
 刹那、全身を押しつぶすような罪悪感が、俺の心の内から溢れ出てきた。

「ご、ごめん! 本当にごめん! 化けて出てくるまで俺のことを許せないのはよくわかるけどさ。でも俺、わざとじゃなかったんだ! 本当にわざとじゃなかったんだ! だから頼む、どうか許してくれ!」

 俺は布団に頭と手を目一杯めり込ませ、その雀に土下座をした。

「だからそれをやめぇ言うとんじゃ! わしゃあ、怒っとらんけん!」
「…………へ?」

 聞き慣れない方言を交えつつ声を荒げたその雀に、俺は思わず顔を上げ、目を点にしてしまった。






 小学二年生の時の四月、俺は下校時に、道の端で鳥の雛を見つけた。それは、ピンク色の地肌の背中にちょろっと毛の生えた、小さな小さな雛だった。
 初めて見たその物体を、好奇心溢れる小学生男子が放っておけるはずがない。俺はその雛を、ポケットの中でくしゃくしゃになっていた青いハンカチでそっと包み、家に連れて帰ったのだ。我が家では当時セキセイインコを飼っていたので、「親に聞けばどうにかなるだろう」という非常に楽観的な思考があったのも、連れ帰った理由の一つだ。
 母親はその雛を見て非常に困った顔をしていたが、元の場所に戻してきなさい、とも言えなかったみたいで、俺が面倒を見るならという条件付きで世話をすることを許可してくれた。そして母親の助言のもと、俺はその日から雛の世話をすることになったのだ。
 最初は頑なに餌を拒否していた雛だったが、粘り強く嘴の端をツンツンしていたら口を開けてくれて、それ以降は問題なく餌を食べてくれるようになった。
 家に連れ帰ってからしばらくは何の鳥の雛かはわからなかったが、少しずつ白と茶色の毛が生えてきたところで、これは雀なんだとようやくわかった。
 それまで雀は暫定的に「ヒナちゃん」と我が家では呼ばれていたが、雀ならチュンチュン鳴くからチュンにしよう、という俺の小学生らしい安直な発想で、雛の正式な名前が決まったのだった。ただし、母親だけはずっとヒナちゃん派だったが。
 そうして世話をしながら四週間が過ぎたある日。
 悲劇は、起こった。
 その日は日曜日だったので、俺は一日中チュンの世話をしていた。ちなみに学校がある時は、専業主婦である母親がチュンの世話をしてくれていた。
 チュンはカゴから飛び出し、チョンチョンと俺の部屋を移動するまでに成長していた。鳥の成長の早さに、小学生の俺も驚いたものだ。
 いつものように俺はチュンに餌をやっていたのだが、そこで急に尿意をもよおした。

「ごめん、チュン。トイレに行ってくる。すぐに戻るから待っててな」

 部屋を飛び出し、慌ててトイレに駆け込む俺。そして用を足した後は、餌の続きを待っているであろうチュンを思い浮かべながら、部屋へ急いで戻った。
 そう…………。急いで戻ったんだ。
 ひとつだけ言っておきたい。小学二年生の注意力というものは、大人が考えているよりずっと散漫で、いい加減だということだ。つまり俺は、部屋に駆け込んだ時に、足元にそれ(・・)が居るかもしれない、という可能性を、全く考えていなかったのだ。
 俺は、ドアの真ん前まで移動していたチュンを、踏み殺してしまったのだ――。
 その時の足の裏の感触と心に押し寄せる絶望は、今でもはっきりと思い出すことができる。
 それからというもの、俺は雀という存在が凄く苦手になってしまった。そしてその自責の念を、高校一年生になった今もずっと持ち続けていたのだ――。
 それなのに。
 今、チュンは何て言った? 怒っていないって? 俺に殺されたのに?
 軽く混乱しかけている俺の目を見据えながら、でかいチュンは続けた。

「おめぇがずっっっっとわしに対して後悔の念を抱き続けるもんじゃけん、わしの魂はこっちに引っ張られたままになっとったんじゃ。そんでとうとう、妖怪になってしもうたが」
「…………」

 鈴がコロコロと鳴るような声で流暢に喋るチュンを、俺は目を点にしながら呆然と眺めることしかできなかった。
えーと。
 今、何て言いました? 不穏な単語が聞こえたような気がするのですが……。

「よ、妖怪? チュンが?」
「そうじゃ」
「それってチュンが、俺のせいで妖怪になっちゃったってこと?」
「そうじゃ」

 二度目の肯定のセリフは、なぜか自信たっぷりなものだった。
 ……ちょっと待て。いいか、落ち着け俺。今聞いたことを一度整理するんだ。冷静に、そう、冷静にだ。
 この雀は、俺が子供の頃踏み殺してしまったチュンで。でも、今俺の目の前にいる雀はめちゃくちゃ大きくて。どうしてこんなに大きいのかというと、それは妖怪だからで――。

「ようかいいぃぃっ!?」
「反応遅ぇのぅ」

 思わずベッドの端まで後ずさってしまった俺を見て、チュンはどこか呆れたような声で呟いたのだった。
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