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訛り雀がチュンと鳴く 作者:福山陽士

第4章

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1.残暑のイヌ

 夏休みも残り一週間となった。
 昼のワイドショーを散漫とした様子で見ながら、俺はバニラのカップアイスを食べる作業に勤しんでいた。ワイドショーでは、ある有名モデルと二枚目俳優との熱愛に、コメンテーター達がやいのやいのと面白そうに意見を交わしていた。
 どうでもいいな。
 チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばしかけたその時、そこでワイドショーがニュースに切り替わった。先ほどまでの緩い雰囲気とはうって変わって、毅然とした態度の女性キャスターが記事を読み上げ始める。映像が切り替わり、テレビの画面は火事の現場を映し出していた。轟々と燃え盛る木造二階建ての家。消防士さん達が懸命に消化活動をする映像に重なるようにして、女性キャスターのナレーションは続く。
 全焼はしたが住人は逃げ出して無事、火元は火の気のない車庫と見られることから、警察では放火の可能性とみて調査している、と結ばれた。

「あら。これ市内? 放火なんて怖いわねぇ」

 洗濯物を取り込み中の母さんが、リビングを通り抜けざま感想を洩らす。
 こんなクソ暑い中のに放火なんて、犯人も何を考えてんだか。
 ほとんど溶けてしまったカップアイスの残りを、俺はジュースのように飲み干した。






「今日はどこに行くんじゃ?」
「ん、ゲームショップ。何か面白そうなゲームないかなぁって」

 お盆に田舎に帰り、祖父母から臨時収入を得ていた俺は、ここらで新しいゲームでも買おうかと外に出たところだった。
 何とか宿題をお盆までに終わらせた俺は、残りの夏休みを謳歌していた。具体的に言うと、行動時間が主に夕方から夜になっていたのだ。
 理由は二つある。一つは、これくらいの時間の方が気温的に動きやすいこと。そして二つ目の理由は、人混みが苦手ということ。特に人混みは、チュンが取り憑いてからいっそう苦手になってしまった。
 幽霊の中には、生きている人に憑いている奴も結構な数で存在しているらしい。だから人の集まる場所に行くと、かなりの確立で目にしてしまうのだ。八月の始めにあった花火大会では、俺が『見える』人間だということを気付かれないようにするのが、本当に大変だった。あんなに幽霊ってうようよしているものなんだな……。
 まぁ、今は幽霊のことは強引に忘れよう。
 今日はどこの店に行こうかな。駅前の方にしようか、それとも、デパートの近くのゲームショップにしようか。行き先を歩きながら考えていると、突如前方から、チャッチャッチャ、という軽い音が聞こえてきた。
 視線を自分の足元から上に移動させる。一匹の柴犬が、こちらに向かって歩いてきているところだった。音の出所は、柴犬がアスファルトを蹴って歩く音だったらしい。
 だがこの柴犬、首輪をしていない。野良犬か? それとも脱走してきたのか?

「悠護。あれも妖怪じゃ。目ぇ合わすなよ」

 横に浮いていたチュンが、静かな声でそう告げる。心臓の速度が急激に増した。普通の犬にしか見えないのに、あれも妖怪なのかよ……。
 動物の霊は、基本すぐに成仏するらしい。しかし稀に、『こちらの世界』に魂が残ったままになってしまうことがある。こちらの世界に残った動物霊は、やがて何らかの力を持った『妖怪』へと変貌と遂げてしまう――というのが、「妖怪って何?」という俺の問いに対する、チュンの説明だった。
 チュンに取り憑かれて以来、結構な頻度で幽霊だけでなく、妖怪らしきものまで見えるようになってしまった俺だが、基本幽霊と同じように「見えていません」という態度でやり過ごしていた。俺が「見えている」ということに気付かれなければ、あちらさんも何もしてこない。稀に失敗して追いかけられる時もあったが、そういう時はチュンが幻術を駆使して、俺の気配を消してくれていた。
 俺はチュンに言われた通り、視線を斜め前方に合わせ、柴犬を視界から外しながら歩き続ける。
 気付くな。気付くなよ。俺はただの一般人だ。霊能者でもなんでもない。雀の妖怪に取り憑かれた、ただの高校生だ。いや、ただの高校生は妖怪に取り憑かれたりしないだろうけど、それでも普通の高校生だ。
 柴犬は相変わらずチャッチャッチャ、とアスファルトを蹴りながら、軽快に歩き続けているようだ。どうやら気付かれてはいないようだ。このままどこかに行ってくれ。
 足音は一定のリズムを保ったまま、俺のすぐ傍まで近付いた。
 何とかやり過ごせそうだな。そう思ったのも束の間、いきなり眼前で光が弾け、俺の意識は彼方へと飛ばされてしまった。






 気付いたら、黒い煙が頭上を被っていた。目が痛い。吐き気を催すほどの焦げ臭さが鼻をつく。体が焼けるように熱い。後ろを見ると、なんと火が部屋中を呑み込んでいた。
 火事だ!
 火の塊はうねりながら、こちらへと迫ってくる。

 オネガイ! ココヲアケテ! キヅイテ!

 心の中でそう絶叫しながら、前足の爪を立て、ドアを激しく引っ掻く俺の手(・・・)。しかしその願いも虚しく、燃え盛る炎は轟々と音を発しながらドアを、そして『俺』を呑み込んだ。

 アツイアツイアツイアツイアツイイタイイタイイタイイタイイタイアツイアツイ!

 耐え難い激痛と熱さに『俺』は転げ回る。息ができない。苦しい! 痛い! 熱い!
 永遠ともとれる苦痛は、容赦なく『俺』を襲い続け――。






「悠護?」

 目を開けると、目の前にチュンの顔があった。何も映さない漆黒の瞳が、俺に向けられている。首だけを回して自分の状態を確認すると、俺は電信柱にもたれ掛かるようにして座り込んでいた。

「大丈夫か? 汗びっしょりじゃ」
「大丈夫じゃ、ないかも……」

 俺は全身をペタペタと触りながら、何とか声を絞り出す。火傷の感覚がまだ残っていて、ヒリヒリする。
 火だるまの疑似経験なんて、したくなかったよ……。

「俺、どうなってた? どれくらいこうしてた?」
「あの犬とすれ違った瞬間、倒れてしもうたんじゃ。じゃが三分も経ってねぇと思うぞ」
「そうか……」

 俺と生活を共にしているせいか、チュンは時間の感覚もわかるようになってきたみたいだ。それにしても、今のはトラの時と同様、あの柴犬の最期とみて間違いなさそうだ。しかしなぜ、いきなり俺にそれが流れ込んできたのだろうか。今回はトラの時と違って、あの柴犬に触れていないぞ?

「すまん悠護。計算外じゃった。まさかすれ違っただけでこれとは……。あの犬の妖怪、相当強い『念』を持っとるみてぇじゃ……」

 相当強い念、か。
 あの柴犬は火事で焼け死んでしまった犬みたいだったが、相当無念だったのだろうか。妖怪になってしまうほどに……。
 あまり思い出したくはなかったのだが、今体験した記憶を呼び戻すことにした。
 確か『オネガイ! ココヲアケテ! キヅイテ!』と叫んでいた。つまりあの柴犬は、飼い主に助けを求めていたことは確実だ。しかし飼い主は既に外に避難していたか、気付かずに火事に巻き込まれたのかは知らないが、柴犬を助けることなく――。
 そこで何かが俺の心に引っ掛かった。かなり漠然とした感覚でしかないのだが、俺が今体験した柴犬の最期、何かがおかしい気がする。だが、そのおかしい部分が全くわからなかった。
 くそ、魚の小骨が喉に引っ掛かったような、この違和感は一体何だ?

「悠護、歩けるか?」

 そこでチュンが手を差し出してくる。俺は小さなその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。

「今日は、帰ろう……」

 とてもではないが、もうゲームを探しに行く気分にはなれない。俺はとぼとぼと重い足取りで家路に着くのだった。






 次の日の昼のニュースを見た俺は、思わず凍り付いてしまった。

「あら。また火事?」

 洗濯物を畳みながらニュースを見ていた母さんが、ポツリと声を洩らす。
 昨晩未明、また火事があったらしい。テレビの画面のテロップに、見慣れた地名が表示される。紛れもなく地元だ。
 木造二階建ての家屋は全焼、しかし家主達は逃げ出して怪我人はなし、というアナウンサーの声に、俺は安堵した。
 しかし、火事か……。
 俺は昨日の体験を思い出してしまい、身震いする。この連続不審火、もしかしたら昨日の柴犬が関与しているのか?

「チュン……」
「あぁ。言いたいことはわかっとる。今の映像に、僅かじゃが霊痕が見えた」

 俺の横で同じくテレビを見ていたチュンが、顎に手をやりながら答えた。

「霊痕?」
「妖怪や霊の足跡みたいなもんじゃな。あの犬のものじゃった」
「そうか」

 俺はソファーから立ち上がると、そのままリビングを後にして玄関に向かう。

「悠護、どこへ行くんなら?」

 靴を履く俺に、どこか焦った様子でチュンが問い掛けてくる。俺の答えを既に予想しているのだろう。

「あの柴犬のところ」
「行ってどうするつもりじゃ」
「あの柴犬を止めなきゃ」
「どうやって?」
「そ、それは……」

 俺は言葉を詰まらせて俯く。そんな方法なんて考えていなかったからだ。でも――。

「でも、止めないと、きっとまた火事が起きてしまう」

 あの柴犬が妖怪になってしまったのは、自分を助けにきてくれなかった飼い主に失望したからだと、俺は踏んでいた。そして妖怪になった今、飼い主に復讐をしようと考えているのではなかろうか。
 だがトラの時と違い、俺は飼い主の姿を見ていない。そもそも、飼い主が無事なのかどうかさえわからない。既に亡くなっていた場合、お手上げだ。
 だが、それでも――。
 止めなきゃ。あの柴犬を。怪我人や焼死する人間が出る前に。
 柴犬の最期を体験した俺だからこそ、できることがあるはずだ。

「悠護、やめとけ。あいつは危険じゃ。幻術しか使えん低級妖怪のわしでは、どうしようもできん」
「…………」

 静かに諭してくるチュンに、俺は何も言い返せなかった。
 わかっていた。俺にできることなど本当は何もない、ということは。
 トラの時だって、俺は何もしていない。チュンの力を借りただけだ。
 奥歯を強く噛む。今の俺の顔は、かなり歪んでいることだろう。悔しくて仕方がない。何の力もない自分が、ただの高校生でしかない自分が、無性に悔しかった。
 ただ立ち尽くす俺の横を通り抜け、チュンが玄関のドアを開けた。日の光に、青い着物が鮮やかに照らされる。

「……チュン?」
「かと言って、確かにこのままにするわけにもいかんしのぅ。わしだって、悠護の家やこの辺りの家が燃やされるのは嫌じゃ」

 チュンは諦観した様子で小さく呟くと、ふわりと浮き、いつものように俺の頭の上に乗った。

「なんか、ごめん」
「いや、そのお人好しなところが、悠護らしいのぅと思っての。ん? この場合対象が人じゃねぇから、お妖怪好しって言うんかの?」
「何だよそれ」

 変な造語を生み出したチュンに苦笑しつつも、俺の行動を咎めようとしないチュンに、俺は感謝していた。
 ありがとう、チュン。また迷惑をかけてしまいそうだけれど、でも俺、どうしても放っておけないんだ。






「あっ!」

 家を出て五分くらい当てもなく歩いていた俺だが、突如そこで声をあげてしまっていた。

「ど、どうしたんじゃ、突然大きな声をだして!? びっくりしたじゃろうが!」
「わかったんだよ、おかしい部分が」
「はぁ? 何のことじゃ?」
「俺が体験した柴犬の最期、何か引っ掛かっていたんだけれど、それがわかったんだ」
「ふーん。で、何じゃ?」
「あの柴犬、全然吼えていなかったんだ」

 そう、確かにあの柴犬は吼えていなかった。飼い主に気付いて欲しいと強く願いながらも全く声を出さず、ひたすらドアを引っ掻いていただけだったのだ。

「パニックになってたんじゃねぇのか?」

 確かに、その可能性もあるかもしれない。だが、その理由だけでは、俺はどうも納得することができなかった。
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