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3.墓参り

「お盆かあ……」


 相変わらず車がほとんど通らない道を歩きながら、俺は知らず声を洩らしていた。

 今までは単に祖父ちゃんや祖母ちゃんに会うためだけに帰省していたけれど、『盆』の本来の目的はご先祖様が帰ってくるのを迎えるってことだもんな。


「ということは、曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃんもあの家に帰ってきているってこと? でも、さっきはいなかった気がするんだけど」


 もしかしたら他の部屋にいたのだろうか。隣に浮いていたチュンが俺の独り言の内容を理解したのか、前を見据えたまま答えた。


「人間の風習はわしもようわからんが、たぶんもう帰って来ているんじゃねえか? 人間は『墓』とやらを作る風習があるじゃろう? あれを目印にして降りてきている奴が多いんじゃろう。天に還る時は目的地は一つじゃけん、簡単にわかるじゃろうけど」

「え?」


 チュンにしてはやけに詳しいな。妖怪なのに……。俺の疑問は顔に出ていたらしく、チュンはパタパタと手を横に振りながら答える。


「ああ、いや。いつだったか爺にそう聞いたんじゃ」

 チュンの態度に何かひっかかりを覚えるものの、うまく言葉にできない。俺は特に追求はしなかった。





 結論から言うと、曾祖父ちゃんと曾祖母ちゃんは家にいた。やはり先に墓の方に行っていたのだろうか。

 帰ってから居間に直行したのだが、遺影で見たそのままの二人が机の前に座っていたのだ。まるでそこに居るのが当たり前といった様相で。

 寸でのところで声を出すことは回避できたが、本当に心臓が飛び出るかと思った。なぜかというと、曾祖父ちゃん達はさっき見たセーラー服の女の子と同じように、体が透けていなかったのだ。体が透けている『幽霊』はチュンに取り憑かれてから何度か目にしていたので、そこそこ耐性はできていたつもりなのだが――。既にこの世にいない人間だとわかっている人が生きている人間と変わらない見た目なのは、逆にちょっと不気味だ。

 何が現実で何が非現実なのか。自分の目に映る『現実』が少しだけ信じられなくなりそうだ。

 俺はトイレに行くと言い、すぐさま居間を出た。

 落ち着け、落ち着け俺と心の中で唱えながらトイレのドアを閉めた俺は、すぐさま着いてきていたチュンに相談を求める。


「チュン、さっきの見えた?」

「あぁ。あの写真のまんまじゃったけんすぐにわかったで。やっぱり帰ってきとったな」

「どうしよう? 見えていない振りをした方がいいよな?」

「うーん……。まぁ、人間からは見えんのが普通じゃしなあ。反応はせんほうがええんじゃねえ? 面倒なことになるのが嫌ならな」


 そうだよな。祖父ちゃんと祖母ちゃんにも説明しないといけなくなるもんな。孫がいきなり虚空に向かって話し始めたらびっくりするだろうし。二人なら俺の言うことを信じてくれるかもしれないが、それはそれで通訳を頼まれる可能性も出てくるし……。

 うん、やはり黙っておこう。


「って、チュンの姿はどうなの!? 曾祖父ちゃん達にばれていない?」

「安心せえ。わしは念のため気配を消しとるで。二人がどんな人物か知らんしな。敵意を向けられて追い出されたら嫌じゃし」

「そ、そうか」


 そういうところはさすが妖怪と言うべきか。

 遺影の印象だと、曾祖父ちゃんの方はかなり厳しそうだしなぁ。自分の家に妖怪が上がり込んでいるなんて知られたら、どうなるかわかったもんじゃない。

 ともかく方針は固まった。これからお盆が終わるまで、見えない振りをして過ごす。

 ……できるかなぁ。

 一抹の不安を覚えつつ、俺は待避場所のトイレを出るのだった。





 居間に戻ると祖父ちゃんがテレビを見ていた。祖母ちゃんは夕食の準備に取りかかったらしい。台所の方から包丁で何かを切っている音がする。

 そして曾祖父ちゃんはというと、祖父ちゃんと少し距離をおきつつチビリチビリと酒を飲んでいた。着物を着ているからか、その姿がやけに様になっている。まるでドラマのワンシーンのようだ。曾祖母ちゃんは、仏壇に供えていた菓子を口にしていた。ちゃんとお供え物って食べているんだな……。後で祖父ちゃんと祖母ちゃんも食べるのだろうが、でも中身はきっとそのままだよな。不思議だ。

 二人は言葉を発しない。ただ飲み、食べているだけだ。

 かつての家族と同じ空間で過ごす。

 それだけで充分幸せなのだと言わんばかりに、二人の顔も滲み出る雰囲気も穏やかなものだった。






 次の日は墓参りに行った。波崎家の墓は家の裏山にある。山の一部を切り拓いた場所に十ほどの墓石が並んでいるのだが、その内の一つだ。都会ではなかなかお目にかかれない、まさに田舎な光景だと思う。

 俺達が家を出る時も、曾祖父ちゃん達は家でまったりとしていた。着いてくる気配は微塵もなかった。「私は死んだけれど墓の前にはいないよ」という内容の歌が小さい頃に流行った気がするけれど、あれは本当だったのだなぁと実感する。まさか墓の中の人が家でお留守番をしているなんて、祖父ちゃん達は想像すらしていないだろう。

 持参していた水入りバケツと柄杓で墓石を濡らしてから、付着した砂埃を拭き取る祖父ちゃんと祖母ちゃん。付近の雑草を抜くのは俺の係だ。それが終われば花を供え、線香に火を付ける。

 毎年「面倒臭いなぁ……」と内心思いつつ行っていた作業も、今年は全く違う心境で行えた。曾祖父ちゃん達が次もここを目印に帰ってきてくれるよう、俺は願いをこめて手を合わせた。

 線香の煙と匂いが、山に吸い込まれていく。





 帰ってからは、昨日と同じように散歩に出た。


「悠護。また散歩に行くんか。ゲームが好きなおめぇとしては珍しいのう」


 俺の頭に乗ったまま、からかうようにチュンが言う。


「いや、俺だってゲームをしたりダラダラして過ごしたいよ。ただ、曾祖父ちゃん達が見ている前でダラダラと過ごすのが、何だかやりづらいというか……」

「そうか? 別に普通に過ごせばええと思うんじゃがのう」

「まぁ、俺の気分的なものだよ」


 それに外にいた方が、俺が『見える』人間だと気付かれる可能性は低いだろうし。

 そんなことを考えながら、昨日と同じ山沿いの道を歩く俺。間もなく前方から、昨日と同じく犬の散歩をしているおばさんがやって来た。

 だが、昨日と違う点が一つ。

 おばさんの隣に、紫色のもんぺを着たお婆さんが並んで歩いていたのだ。俺は顔を引きつらせそうになってしまった。お婆さんの手には青いリードが握られている。そのリードの先は、おばさんが散歩をさせている茶色の犬の首輪に繋がっていたからだ。

 一匹の犬に二本のリード。これはどう考えてもおかしい。


「あら、こんにちは」


 昨日と同じように、また挨拶をしてくれたおばさん。だがお婆さんの方は、無言のまま立ち止まっている。どうやらお婆さんは幽霊で間違いないみたいだな……。


「こんにちは」


 俺はお婆さんを視界から外し、ひとまずおばさんに挨拶を返す。二回目なだけあって、昨日よりはスムーズに返すことができた。


「帰省中? ここは何もないから、若い人には暇でしょう」

「えっと、空気はきれいだし、静かだし、落ち着きます」

「あら。無理に誉めてくれなくてもいいのよ。ふふっ。でもありがとうね」


 おばさんは笑顔のまま犬の散歩を再開した。やはりお婆さんは無言のままそれに続く。


「なぁ、チュン」


 二人と一匹の後ろ姿を見つめながら、俺は頭上のチュンに声を呼んだ。


「なんじゃ?」

「幽霊って、透けているのと透けていないのがいるってこと?」

「今の婆さんか」

「うん。それにうちの曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃんも透けていないじゃん。でも、チュンがお世話になったっていうお爺さんは透けていただろ? 違いは何なのかなぁって」

「うーん……。たぶんじゃけどな、『成仏』した人間は透けていねえんじゃねぇのか? 悠護の曾祖父さん達も一度成仏しとるわけじゃし」

「あ……」


 チュンの指摘に思わず声を洩らす俺。昨日会った前髪ぱっつんな女の子も、想い人が寿命を全うした後、確か成仏したと言っていたはずだ。あの子も透けていなかった。

 ということは、お盆で戻ってきている人達が透けていないのか。


「わしも成仏したことがねぇけんわからんけど、体が透けてねぇってことは、成仏した魂に対する『褒美』みてえなもんかもしれんな」

「褒美……?」

「そうじゃ。例え人間からは姿は見えんでも、透けているのとそうでないのとでは、気持ちも随分と違ってくるじゃろうしな。透けていると否が応にも、自分が幽霊だと認識してしまう。じゃけど透けていなかったら、『現世の人間と同じ時を過ごしている』と強く実感できるんじゃろう。生きている人間には微々たる差に思えるかもしれんがな」

「そうか……」


 孫を捜しているあの爺さんのことをふと思い出し、少し切なくなった。あの爺さんも早く成仏できたらいいな……。


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