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4.兄妹を探して

 再び目を開けると、チュンが俺の顔を覗きこんでいた。どうやら俺は立ったままだったらしい。周囲の状況はさっきから変わっていない。あれから時間はほとんど経っていないようだ。


「おかえり。悠護、どうじゃった?」

「うん。何となくわかったよ……」

「そうか。じゃあ帰ろうや」

「いや」


 家とは逆方向に歩き出した俺の後を、チュンは慌てて追いかけてくる。


「何でじゃ? わしは別に悠護にあのハムスター妖怪を救ってやれとは言っとらん。ただ、あれでもう義理は果たしたから、悠護には近付かんのんじゃねえかと思って――」

「うん、わかってる」

「だったらどうして。悠護が記憶を見た妖怪全てを救おうとしてると、キリがねえぞ」


 チュンが言いたいことは俺もわかるよ。でも、どうしても動かずにはいられなかった。

 最後に『俺』が見た女の子は、さっきコンビニで見た仲安の妹だったから。


「記憶を見た妖怪全てを救うだなんて、俺は考えていないよ。今回はあのハムスター妖怪のためというより、仲安の妹のため、かな」

「仲安? 妹?」


 怪訝な顔で問い返してくるチュン。俺は歩きながら、先ほど見たハムスターの記憶を一通り説明する。


「なるほどなあ。さっき見た悠護の友の妹か。確かに沈んだ顔をしとったのう」


 説明したら納得してくれたのか、チュンはそれ以上引き止める言葉を吐いてこなかった。あれが見ず知らずの女の子だったら俺も今回はスルーしていただろうが、知り合いとなるとこのまま放っておくのは気が引ける。

 チュンが言うには、あのハムスターが妖怪化したのはつい最近。そしてハムスターが最後に見たのは、仲安の妹だ。

 仲安の妹が元気がなかったのは、おそらくハムスターのことが原因。

 あのハムスターは飼い主の怠慢のせいで、劣悪な環境の中生きてきた。食べ物も満足にもらえない生活。きっと可愛さばかりに目が行って、『生き物を飼う』ことを軽く見ていたのだろう。

 あのハムスターは最期にお腹いっぱい食べることができて、本当に満足していた。感覚を共有した俺にはよくわかった。ハムスターは、あの子に大きな感謝の念を抱いていたんだ。それを伝えたいという想いが強く残り、きっとすぐに成仏しなかったんだ。


「なあ悠護。またあそこに行くんか?」

「コンビニまでは戻らないけど、周辺をうろうろしてみるよ」


 俺達がコンビニを出てから、既に十分近く経っている。仲安と妹を見つけるのは困難だろう。

 だが俺は仲安達が買っていたある物に、一縷の望みを賭けていた。確か二人はつまみコーナーの前で止まっていた。おそらくハムスターにあげるためのピーナッツを買ったのではないかと俺は踏んでいた。きっと仲安は妹のためにハムスターを探してあげているのではないだろうか。あいつ学校でも良い奴だし、それくらいはやりそうだ。妹と手を繋いで歩くほど仲も良いみたいだし。


「そういえばチュン。ハムスター妖怪には、随分と余裕な態度だったな?」

「普通、小せえ動物はすぐに成仏するんじゃ。犬や猫ほど頭も良くねえしの。妖怪化するほどの強い想いを持った小せえ奴は、本当に稀なんじゃ」

「ふーん……」


 確かトラの時にも、チュンは自分のことを「低級妖怪」と言っていた。

 そんな小さな存在のチュンを妖怪にしてしまったのは、俺だ……。俺がずっとチュンを縛ったままにしてしまったから――。

「ごめん……」

 チュンには聞こえないほど小さな声で、俺は懺悔した。






「いないな……」


 結構な距離を歩いてきたはずなのだが、仲安兄妹どころかハムスター妖怪にも会えないままだった。目的地を決めずに町中を当てもなく歩き回るのは、この暑さの中ではかなりきつい。

 朝はうるさいくらいそこらじゅうから蝉の声が聞こえてくるのに、あいつら昼になるとかなり静かになるよな。やはり蝉も暑いのは苦手なのだろうか。その静けさが、さらに暑さを感じさせる気がする。

 買ったジュースの一本を飲みながら歩く。喉を刺激する炭酸が幾分か足取りを軽くしてくれた。

 仲安に連絡するのが手っ取り早そうだが、こういう時に限ってスマホを持ってきていなかったりするんだよな。アイスを買うだけの予定だったし、別にいいかなって家に置いてきてしまったんだよ……。


「二人ともおらんな」


 俺より高い位置からチュンも探してくれているが、それでもなかなか見つからないらしい。


「もう家に帰っちゃったのかなあ。チュン、ハムスター妖怪は近くにいそう?」

「うーん……」


 チュンは眉間に皺を寄せる。


「あいつ妖怪になったばかりなせいか、気配を隠すのはまだ下手じゃったからな。ただ、小さすぎるんじゃ。ちょっとそこらをひとっ飛びしてくるわ」


 言うや否や、ふわりと空に浮かんで視界から消えてしまった。

 俺の方も闇雲に歩き回るだけはやめて、ここで一度ハムスター妖怪の中から見た情報を整理してみよう。

 入り口に植え込みのある家。そして仲安の家も、その家のすぐ近くにあるらしい。

 …………。

 ダメだ。これくらいしかわからん。あのハムスターの行動を思い出してみるが、まず視線が低すぎて景色が見えなかった。わかったのは塀と電柱くらいだ。とてもではないが場所の特定はできない。

 妹はまだ一人で遠出をしない年齢だろうから、やはりさっきのコンビニ周辺を目安に探していくしかなさそうだな。あとはチュンが見つけてくれるのを待つか。

 いや……。やはり一度家に戻り、仲安に連絡して家の場所を聞き出してみよう。これ以上チュンに迷惑をかけるわけにはいかないし。

 ペットボトルの蓋を閉め、小さく深呼吸したその時だった。


「悠護ー! おったで!」

「本当!?」

「ああ、ほれ」


 空に浮くチュンの手には、あのハムスター妖怪がぶら下がっていた。二回目ということもあって観念しているのか、先ほどと同じくおとなしくしている。というか、一瞬ぬいぐるみに思えてしまうほど微動だにしない。


「聞け。今からおめぇが会いたい人間に会わしてやる」


 何だかチュンの態度が尊大だ。ハムスター妖怪はしばしチュンと視線を交わせる。


「『ドウシテ?』だと? おめぇが縁を持った人間が、悠護の知り合いらしいんじゃ。これもまた『縁』かのう。悠護に感謝せえよ」


 ハムスター妖怪が、そこで初めて「チュ」と鳴いた。可愛い。というか、やはり歯を見ないと普通のハムスターにしか思えない。


「よし、じゃあおめぇも協力せぇよ」

「それって、ハムスターにも居場所を探り当ててもらうってこと?」

「そうじゃ。当てもなくうろうろしていても、見つけられる可能性は低いじゃろうが。暑いし、そろそろわしは家に帰ってエアコンとやらの風で涼みたい」


 チュンはすっかり文明の利器に染まってしまったらしい。今のはとてもではないが、妖怪が発した台詞とは思えないぞ……。


「自分が会いたい人間くらい、自分で見つけぇ。おめぇも一応妖怪になったんじゃけんな」

「ところで、見つけたとしてどうするんだろう? そのハムスター妖怪は仲安の妹にどうしても伝えたいことがあるから妖怪になったっぽいけどさ、人間には見えないどころか声も聞こえないわけじゃん」

「確かにそうじゃなあ」


 チュンは手元のハムスター妖怪を見つめる。俺もだけど、チュンもそこまで考えていなかったらしい。


「悠護がハムスター妖怪の代わりに、その子に伝えればええんじゃねえかの? 知り合いなんじゃし」

「えっ、俺が!? 確かに仲安とは友達だけど、妹はさっき会ったばかりなんだけど」

「でも他に方法があるんか? こいつを助けてやろうと言ったのは悠護じゃぞ」


 言ったからには自分で最後まで責任を取れ、とチュンの目は語っていた。


「わかったよ……」


 全く知らない赤の他人ではないし、まあ何とかなるだろ。暑さで頭を働かせることが面倒になってきた俺は、思考を楽観的な方向に強制転換。飲みかけのジュースをさらに一口含ませて気合いを入れる。


「ちょっくらこいつと上から見て回ってくるわ」

「わかった」


 ハムスター妖怪をぶら下げたまま、空へと昇っていくチュン。あのハムスター妖怪が探知機として上手く働いてくれることを祈りながら、俺も入り口に植え込みのある家を探して再び歩きだす。

 十分ほど歩いただろうか。チュンが俺の元へ戻ってきた。どうやら成果があったらしい。笑顔だ。


「お、見つけたのか!」

「ああ、こっちじゃ。悠護の予想通り、あのコンビニとやらからそんなに離れとらん場所におったで。こっちじゃ」


 先導するチュンの後を追いかけ、俺も走る。何度か右に左に曲がったところで、チュンは空中で静止した。顎で先の方を指し示すチュン。そちらに視線をやると、とある家の前に期待通り仲安と妹がいた。妹は植え込みの前にしゃがんでいる。仲安は困った顔で、その後ろに立ち続けていた。


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