ある出会い
真治は帰宅を急いでいた。
今日こそ早く帰ってあかりや妻の顔をゆっくりと見たい。
自宅近くの最寄り駅から家の方向に歩いていると空から冷たい雫がポツポツと落ちてきた。
「あれ?雨か……。」
傘を探すが生憎見つからない。
仕方ない、濡れていこうと横断歩道で信号待ちしていた時、真治の目の前に一人の年老いた婦人が現れた。
信号は赤。
しかし、何故か老女は行き交う車にむかって歩き出している。
走り出す真治。
気がついた時には、老女の肩を抱いて車道と歩道のぎりぎりのところにうずくまっていた。
「何やってんだ!死にたいのか!」
急ブレーキをかけた車に乗っていた男性から罵声を浴びせられる。
「すっ、すみません。」
思わず真治は詫びていた。
老女はぶるぶると震えている。
何とか二人で歩道に移動すると
「いったいどうしたんですか?」
と真治は老女に問いかけた。
肩を震わせて泣きながら老女は言った。
「もう、死なせてください。」
「そんな……。」
老女が自殺しようとしていたのは明らかなわけで……。
真治は近くに座れる場所を探した。
目の前に喫茶店がある。
あそこなら暖かいだろう……。
何とか老女を歩かせ、喫茶店の扉を押した。
カラン、カラン。
カウベルが来店を知らせる。
いつからある店だったっけ?
よく店の前は通っていても実際入るのは初めてである。
かなりレトロな店内である。
「あそこに座りましょう。」
二人席に向かい合わせに座った。
「世話をかけてすみません。」
弱々しい声で老女が言った。
改めて見ると品の良い身なりをした婦人である。
真治は老女というより、老婦人と言った方がしっくりいくように思った。
老婦人に何がいいかと聞くとミルクティーと答えたのでマスターにミルクティーとブレンドを注文する。
真治は水をひと口飲むと
「立ち入ったことを伺いますが……何故あのようなことをなさったんですか?」
と聞いた。
聞いてから性急すぎたかと後悔したが、今思いつく言葉はそれしかなかった。
しばらく老婦人は黙っていた。
それから5分程経ったであろうか?
「淋しいんですよ。」
と婦人はぽつりとつぶやいた。
「主人が昨年亡くなって数日前に可愛がっていた愛犬も死んでしまいました。」
「もう、何のために生きていったらいいのかわかりません。」
「他にご家族は?」
「姉が一人。でも、離れた所にいるし歳もとってお互いに会うことは滅多にありません。
子供がいたら良かったけれど……いませんしね。」
「そうですか……。」
老婦人は窓の外をぼんやりと見ている。
「お宅はお近くですか?」
再び真治が声をかける。
老婦人は真治の方に向き直り
「ええ、このすぐ近所です。」
と答えた。
「良かったら、これからうちに来ませんか?」
「えっ?お宅に?」
真治の申し出に老婦人は驚いた顔をした。
「ええ。」
「でも、急に伺ったらご迷惑でしょう。」
老婦人は困惑している。
「大丈夫ですよ。全然迷惑じゃありませんよ。
真治は笑顔で言った。
その後トイレに立った真治は自宅に電話をかけ、電話口に出た亜希子に手短に事情を説明した。
亜希子は少し驚いたようだが、
「わかったわ。その方お連れして。あかりと待っているから。」
と言ってくれた。
真治は席に戻ると
「妻も待っていてくれています。さぁ、行きましょう。」
と老婦人に告げた。
「初めて会った方にこんなにご親切にして頂いて……。何と申し上げればいいのか……。」
「いえ、そんなことはいいんです。そういえばまだ、お名前伺っていませんでしたね。私、藤堂 真治といいます。あなたは?」
「私は島崎です。島崎優子です。」
「島崎さん、じゃあ行きましょう。」
真治はそう言って立ち上がると島崎さんの傍に立ち、ゆっくりと立ち上がる島崎さんを待った。
その後二人は連れ立って店を出た。
いつの間にか小雨はやみ、夜空に星が瞬いていた。




