錬金術師だけど、魔女でもあるんです
小話②
これはキールもギルベールも、騎士団の誰も知らないエレオノーラの話。
クレセント王国とグランティオス帝国の間で、和平調印式の日程が話し合われている時期だった。
両国の民はようやく終わる戦乱に頬を緩め、兵士たちは生きて故郷に帰れる僥倖に涙した。
しかし一部の人間にとって、戦争の終わりは自らの破滅を意味する。
武器商人や、違法な魔術で成り上がってきた者たちだ。
引き際と見た者たちはすぐに裏に潜み、ほとぼりがさめるのを待つ体制に入ったが、諦めきれずにもがく者も存在した。
「ふぅん、これが合成獣。キメラねぇ・・・。こんな不完全なものをよくもギルベールに施してくれたもんだわ」
エレオノーラは帝国諜報部の研究を引き継いだ組織の壊滅に乗り出していた。
これほどの闇はキールたちには荷が重いし、トラウマ並みに翻弄されたギルベールに頼むのも気が引ける。
結果、エレオノーラは単独で行動した。
濃度の高いアルコールに似た匂いが充満する研究室には、手のひら大ほどの大きさの胎児のようなものや、人の眼球と思われるものがガラス瓶に浮かんでいた。
「理科室と思えば、どうということもないわねぇ。案外平気なものだわ」
エレオノーラは無感情に手をあげ、破滅の呪文を唱えた。
「バルス!」
某天空の城の崩壊を引き起こす魔法は、研究室をその合成獣のサンプルごと木端微塵に吹き飛ばした。
ここへたどり着くまでのあいだに、研究員たちはすべて死亡している。
人間は絶対零度の極寒のなかで生きてはいられない。
エレオノーラは研究施設の外側から、施設内部の空気中に含まれる原子の運動を停止させた。
某白鳥な聖闘士の技か、戦乙女のエインフェリアの技を使うか迷ったが、どうせ効果は同じなので連続して魔法を行使した。
エレオノーラはこの日、いくつかの暗部の組織と、多数の人間を闇へ葬った。
「こんな私を知ったら、キールは幻滅するかしら?・・・いや、ヤンデレだからしないかなぁ。知らせるつもりはないから、どっちでもいっかぁ」
自分と身内以外に無関心になる豆腐メンタルのエレオノーラ。
彼女は無関心に分類された人間に人権を認めない。
モノに憐憫の情を持ち合わせる余裕などないのだ。
これもまた『蒼の森の魔女』エレオノーラの一面だった。
公爵家の自室に戻ったエレオノーラは、身代わりに置いていた自分によく似せた人形と入れ替わると、侍女を呼んだ。
「何かご用でしょうか?」
綺麗に一礼した彼女に、エレオノーラは微笑んだ。
「うん、お茶しましょ~。キールもギルベールもサイラスさんも、ソルも呼んで、皆でお茶しましょ~」
「皆様で、ですか?全員が揃うのは難しいかと存じますが」
彼らは戦争終結に導いた人間として多忙な日々を送っている。
ひとりずつなら時間をさけるかもしれないが、全員一度に招くのはたしかに難しい。
しかしエレオノーラはたまに我が侭を言うくらいが、キールとの付き合いでちょうどよいと思っていた。
いい子にして従っていても、欲しいもののためなら己の狂気さえ利用するキールに振り回されるだけ。
適度に甘え、適度に我が侭でこちらから振り回すくらいがいい。
それに先ほど破壊してきた組織が復活することはないだろうし、これで帝国との和平への道も進めやすいはずだ。
彼らの仕事を手伝ってきた自分が褒美を求めて何が悪い。
開き直ったエレオノーラはもう一度笑った。
「キールが許可すれば、あとは皆ついてくるわ。ね?お茶の準備よろしくぅ」
侍女は困った表情をしながらも、しぶしぶ了承してお茶会の準備のために部屋を出ていった。
エレオノーラはこれから始まるだろう平和な日常を思って、窓から空を見上げた。
今日もクレセント王国は晴天に恵まれている。
魔女がこの国に愛想を尽かさない限り、この平和は続くだろう。
「そう。永遠に平和。永遠に続く命。キールとギルベールには覚悟してもらわなくっちゃねぇ。私の依存心だって相当なものなんだから」
エレオノーラはうっそりと囁いた。