狐の婿入り
今日は雨が降っている。雨は冷たくて嫌いだ。
人間はこんな日を『狐の嫁入り』なんて呼ぶらしい。変な奴らだ。
雨の日に嫁入りなんてするわけないのに。
俺は普段山から人間を見ている。狐の俺からすれば人間たちはいつも変だ。
朝は決まった時間に箱に乗って、夕方になると疲れて帰ってくる。
せっかく歩ける奴らもおかしな形の物に乗り移動する。俺はあれが嫌いだ。音は大きいし、何より臭い。
ん?あの人間は箱から何か取り出して、それを飲んだぞ!
美味しいのかな?とても気になる。
そうだ。こうやって人間のことを観察しているのは気になるんだ。
人間は何をしているのか、何を食べてるのか、見れば見るほど変なやつら。
雨があがってきたし本当は父さんにダメって言われてるけど、少し山を下りて人間を近くで見てみることにした。もしかしたら会って話せるかもしれない。
父さんには怒られるかもしれないけど....
人間に会うには人間の姿になるのが一番!大丈夫。ちゃんと練習した。
葉っぱを頭に乗せて、クルッと回るだけだ。うん。良い感じ。
人間の世界には、あのうるさくて臭い物がたくさん走ってる。
「ママ!ブーブー!」「そうだね。ブーブー走ってるね」
人間の親子が話してた。
そうか。あの臭いのは、ブーブーって名前なのか。
ブーブーは、あの光る木の前で止まってみたり、進んだり譲り合っている。なんだか面白い。
あっ!さっきの光る箱だ!箱の中には変なのがたくさん並んでる!
「なにしてるの?」後ろから聞かれた。振り向くと女の子がいた。
「これ見てる」「飲みたいの?」「うん。飲みたい」
「私と遊んでくれたら買ってあげる!」
かってってなんだ?よくわからないけど「良いよ」俺は言った。
「どれが良い?」「これ!」俺は適当に指さした。
女の子が箱をつつくと、ゴトンと何かが出てきた。
すげぇ!人間は魔法が使える!
「はいどーぞ」渡されたものの中に飲み物が入ってる。でもいくら待っても飲み物は垂れてこない。
「かして。開けてあげる」と女の子がクイッと手をひねるとプシュッと不思議な音がした。
一口飲むと口や喉がパチパチして痛い。人間はこんなもの飲んでるのか?
「どう?おいしい?」「痛い」俺が真顔で答えると女の子はゲラゲラ笑い始めた。
「私、サチ!」「さち?人間じゃないの?」
「え?人間だよ!サチって名前なの!あなたは?なんて名前?」人間は人間の他に名前があるんだ。
「俺は....名前....ない」「変なの」
人間に変って言われてしまった。
「じゃあ、ナナシくんね!名前がないからナナシくん!遊ぼナナシくん。こっち!」
サチに手を引っ張られながらついて行った。
着いた先には変な形のちっちゃな山があったり、座る場所があったり面白いところだった。
「ブランコのろ!」「ぶらんこ?」「これだよ!」
そう言ったサチは板に座った。落っこちたり上がったり、また落っこちたり。サチは楽しそうだった。
楽しそうなサチを見てるとなんだかやってみたくなる。
俺も真似して座ってみるけど動かない。
「押してあげる!」そう言うとサチは俺の背中をゆっくりと押してくれた。
「うわ!」俺はつい声が出てしまった。
サチが押してくれると座ってる時よりさらに遠くまで見えて楽しい。風も気持ち良かった。
他にもサチとたくさん遊んだ。砂で小さな山を作ったり、鉄で出来た山から滑り降りたり....。人間は色んな遊びを考えるんだな。
「あっ!もう帰らなきゃ!」サチはどうやら帰る時間らしい。
人間は時間で動くのは知ってる。
「ナナシくん!また明日遊ぼうね!約束だよ!」
約束....。初めて人間と約束をした。また明日来ればサチと会えるかな?
俺は山に帰った。父さんにバレないようにこっそりと....。おかげで怒られずにすんだ。
また明日もサチに会いに行こう。サチとはきっと友達になれると思う。
次の日、俺はサチに会いに、昨日遊んだ時間に昨日遊んだ所へ行ってみることにした。
サチは一人でブランコに座っていた。「あ!ナナシくん!」
「ねえねえ!今日は探検ごっこしようよ!」「たんけんごっこ?」「そう!あそこの森を探検するの!」
よくわからないがサチが楽しそうなのでやってみることにした。
ここの森は来たことがない。木がたくさんあるせいで中は薄暗かった。
「しゅっぱーつ!」サチは張り切っていた。
俺はサチの後ろをついて行く。「あっ!キノコ!」「どんぐり落ちてたー!」と楽しそうだ。俺はキノコもどんぐりも見飽きてしまった。
しばらく進むとサチは「あれ?」「んー?」と悩んでいた。
「どうしたの?」俺が聞くと「迷子になっちゃった」そう言うとサチはだんだん泣き始めてしまった。悲しいのかな?俺が助けてあげたい。
「サチ大丈夫。ついてきて」そう言いサチの手を引っ張った。
帰り道は匂いでわかる。森の匂いに混ざって俺とサチの匂いが道に残っている。
サチは少しずつ落ち着いた。「大丈夫。帰れる」サチが泣かないようにたくさん話しかけた。
しばらくして森の入口まで戻ってきた。サチは俺にギューッと抱きついた。俺はびっくりしたけど、少し嬉しかった。
「また明日ね!」「うん」約束。
次の日も次の日もたくさん遊んだ。
「ナナシくんってどこの学校行ってるの?」ある日サチが聞いてきた。がっこ?
「がっこう、行ってないと思う」「え?じゃあどこに住んでるの?」「あそこの山」「やまー!仙人だ!」
サチは不思議な言葉をたくさん使う。
「私ね、学校全然楽しくないんだ。友達も全然いないし、勉強はつまんないし」「俺は、友達?」「うん!」嬉しかった。
次の日もまた次の日も、ずっとたくさん遊んだ。俺たちは友達だから。
サチにお土産を持って行った。探検の時、どんぐりに喜んでいたから、たくさんのどんぐりと大きな松ぼっくり。
サチは俺からのお土産を受け取ると「ありがとう!」と言った。
「ありがとうってなに?」俺が聞くと「嬉しいことをしてもらったら、ありがとうって言うんだよ!」教えてくれた。
ありがとう、なんか良い言葉。
ある日、サチはブランコに乗ってる俺の顔をつかみ「大きくなったら結婚してあげる!約束ね!」と言った。
けっこん?言葉はわからなかったけど、人間にとってはきっと大切な約束なのだろう。「うん。約束」
しばらくするとサチは来なくなった。でも俺は知ってる。人間は風邪をひくと、遊べないらしい。
俺はサチが来るのを待った。何日も待った。約束だから。
ある日俺が一人でブランコに座っているとサチが知らない女の子と楽しそうに話しているのを見かけた。あぁ、人間の友達が出来たんだな。嬉しくないといけないのに、嬉しくない。
それから俺はサチを遠くから見守ることにした。サチが約束を思い出してくれるのを待って。
何日も何年も待った。気づけばサチは大きくなっていた。
サチも朝の決まった時間に家を出て箱に乗って出かけている。そして夕方疲れて帰ってきている。
「サチ、変なの」
ある日の夕方。いつものようにサチはヘトヘトで帰ってきた。俺は約束の場所でサチを待ってみることにした。
そこでは知らない子どもが遊んでいた。
すると突然雨が降ってきた。「やべ!雨だ!濡れるぞー!」
子どもは雨から逃げているようだ。
すると子どもとブーブーがぶつかりそうになり、ブーブーが大きな音を出した。
サチはブーブーの方を振り向いた。
子どもは腰を抜かして動けない。
サチは迷わず走り出した。
そうだ。昔から優しかった。俺に飲み物をくれた時も。また明日と約束をしてくれた時も。サチは優しかった。
サチが危ない。そう思った時、体はすでに動いていた。
俺はサチがぶつからないようにサチの体を押した。
俺がブーブーとぶつかってしまった。体が動かない。すごく痛い。サチが痛い思いをしなくて良かった。
サチは俺に駆け寄り手を握ると「....あなた、ナナシくん?ナナシくんでしょ!」涙を流しながら俺の顔を見てくれた。
俺に変身する力は残っていなくて、狐の姿に戻ってしまった。それでもサチは必死で俺を抱きしめてくれた。
サチ、ありがとう。
いつの間にか雨はあがり、空には色がついていた。
人間はこれを虹って呼ぶらしい。やっぱり変なやつら。
....でも
暖かくて、俺は好きだ。




