ある女の供述
一部暴力描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
四歳の誕生日、幼稚園のお遊戯会で催された「かぐや姫」の舞台で、悟は初めて喋りました。
その時担っていたのは王様を乗せる白馬の役で、なんでも悟のためだけに用意されたキャラクターだったそうですが、おそらくそれは、言葉を話さない悟にできるのが、同じく口を利かない畜生くらいだと判断されたためなのでしょう。
今でもはっきりと思い出せます。園児によって描かれた色とりどりの竹林を背に、白馬をイメージした上から下まで真っ白な衣装の悟が、口を開いた瞬間を。
「かぐや姫がいないのに」
悟は王様役の男の子にそう耳打ちしました。耳打ちと言っても、悟の雄姿を最善席で見届けるべく朝早く来園したのに、結局一番後ろの席になった私にまでわりとはっきり聞こえるくらいの大きさでしたが、とにかく、セリフの飛んだ王様への助け舟のつもりだったのでしょう。
ですが、それを受けて私は、舞台のすぐ前で見守っていた保育士達は、そして一部の保護者達は、激しく動揺しました。ざわめきました。なにせ、ずっと喋らなかったあの悟が、笑いもせず泣きもせずいつも無表情だったあの悟が、この大勢が見ている前で、まるで狙いすましたかのように突然口を開いたのですから。目の前のことで手一杯の演者達を除き、事情を知っている人は皆衝撃を受けていました。
「かぐや姫がいないのに、どうして長生きできるだろうか。こんな薬燃やしてしまえ!」
王様役はセリフを絞り出しました。悟の異変には気づいていないようです。むしろ、セリフが飛んで微妙な間を生み出してしまったことのほうに関して、半ばパニックに陥っているようです。目が泳ぎ、口があわあわと震えています。目にうっすらと涙も滲んでいます。
反面、悟は、不謹慎にも恍惚の表情を浮かべています。この状況では王様の立場を喰ったことで悦に浸っているように見えてしまいます。実際のところ知りませんが。
悟と目が合いました。いえ、観客皆と目を合わせたのでしょうか。目が大きく見開かれています。頬は……紅潮していません。至って冷静なように見えます。真面目な顔で、真顔で、「私は馬です。何も言っていません」と言わんばかりに——————ですが、一方で明らかに、無言で誇っています。
僕は喋れるのだと。
その晩、私は悟を抱きしめました。冷たいシャワーを浴びせ、腹部を殴打し、外に放り出し、鼻を垂らした悟のことを、強く、私の持つ最高の体温で、抱きしめました。それは、私の愛情でした。口をきくことのできなかった息子が、ようやくその壁を乗り越えたのです。祝福しない親がどこにいるでしょう。悟は私を見ていません。遠くを見つめています。リビングでしょうか。誕生会の余韻でも噛みしめているのでしょうか。
悟は動きません。冷たいままです。冷たいままでした。
読んでいただきありがとうございました。
次回の投稿は、可能であれば明日の昼頃に行います。よろしくお願いいたします。




