第1章 1話:ニコイチの闇 — Part 2
ヤードの奥へ進むにつれ、空気はさらに重くなっていった。
鉄の匂いに混じって、焦げたプラスチックの臭い、
そして――人の汗と恐怖が混ざったような、説明しがたい臭気が漂っている。
誠は歩きながら、周囲の“異常”を観察した。
積み上げられた車の山。
その隙間に、ナヴァル人たちが潜り込むようにして作業している。
彼らは皆、同じような表情をしていた。
疲れ切った目。
諦めの色。
そして、どこか“監視されている者”特有の緊張。
「アズ、あいつら……」
誠が言いかけると、アズは小さく首を振った。
「言うな。
ここでは、壁にも耳がある」
アズの視線の先には、ヤードの至るところに設置された監視カメラがあった。
そのレンズは、まるで生き物のように動き、
ナヴァル人たちの動きを追っている。
「中京の監視か?」
「そうだ。
俺たちは“働かされている”んじゃない。
“使われている”んだ」
アズは、誠をヤードの奥へと案内した。
そこには、ナヴァル人たちの“生活区画”があった。
生活区画と言っても、
コンテナを無理やり住居にしただけの粗末なものだ。
薄い鉄板の壁。
湿った布団。
壊れた電気ストーブ。
そして、外から鍵をかけられる構造。
誠は息を呑んだ。
「……これ、完全に収容所じゃないか」
アズは苦笑した。
「俺たちは“保護されている”ことになっている。
書類上はな」
「書類上?」
「中京が日本に提出した書類では、
俺たちは“技能実習生”だ。
だが実態は――」
アズはコンテナの壁を軽く叩いた。
「“監禁”だよ」
誠は言葉を失った。
ナヴァル人たちは、
国を持たない民族。
中京に“保護”され、日本に連れてこられた――建前上は。
だが実際は、
中京の工作員を潜り込ませるための“煙幕” にすぎない。
ナヴァル人たちが大量にヤードにいることで、
日本の警察や行政は“外国人労働者の問題”だと誤認する。
その裏で――
中京のフェイ・シェル候補生や工作員が、静かに潜伏していく。
誠は、コンテナの中でうずくまるナヴァル人の少年を見た。
まだ十代だろう。
手には油まみれの工具。
指先はひび割れ、爪の間には黒い汚れがこびりついている。
「……子どもまで働かせているのか」
「働かせているんじゃない。
“働かざるを得ないようにされている”んだ」
アズの声は低かった。
「俺たちの家族は、中京の“人間畑”にいる。
逆らえば……どうなるか、わかるだろ」
誠は胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
ナヴァル人たちは、
ただの労働者ではない。
人質だ。
中京にとって、
彼らは“使い捨ての盾”であり、
“隠れ蓑”であり、
“監視対象”であり、
そして――
“脅迫材料”でもある。
誠は、アズの横顔を見た。
その瞳には、深い悲しみと怒りが宿っていた。
「アズ……お前たちは、どうして逃げない?」
アズは静かに答えた。
「逃げられない。
逃げたら、家族が殺される」
誠は言葉を失った。
アズは続ける。
「俺たちは、ここで“働く”しかない。
中京の命令に従い、
車を組み替え、
日本人を見張り、
時には――」
アズは言葉を詰まらせた。
誠は、アズの拳が震えているのに気づいた。
「……時には?」
アズは、誠の目を見て言った。
「“日本人を運ぶ”こともある」
誠の心臓が跳ねた。
「運ぶ……?」
「そうだ。
コンテナの奥にいるだろ。
あの女性のようにな」
誠は、昨日見た日本人女性の姿を思い出した。
虚ろな目。
乾いた唇。
助けを求めるような、弱々しい声。
「アズ……お前たちは、彼女たちを――」
「違う!」
アズは強く首を振った。
「俺たちは“見張り”だ。
“監禁”しているのは中京だ。
俺たちは……ただ、
“逃げないように見ているだけ”なんだ」
アズの声は震えていた。
誠は、アズの肩に手を置いた。
「アズ……お前は悪くない」
アズは、誠の手を見つめた。
その瞳には、
ほんのわずかだが――
救いを求める光 が宿っていた。
その瞬間、誠の脳内に電子音が響いた。
――ピッ。
《誠。解析を続行する。
ナヴァル人たちは“隠れ蓑”であり、
“人質”であり、
“監視対象”であり、
そして――》
ASUKAの声が低くなる。
《“侵略プロトコルの第一層”だ》
誠は息を呑んだ。
アズは誠を見つめ、静かに言った。
「マコト……
俺たちは、ただの隠れ蓑じゃない。
“お前を待っていた”んだ」
誠はアズの言葉の意味を理解できずにいた。
だが――
その答えは、すぐに明らかになる。




