第1章 1話:ニコイチの闇 — Part 1
こんにちは、フリーウェイです。
プロローグのタイトルは“ヤードの朝”ですが、
実際の内容は、どこか澱んだ空気の漂う朝から始まります。
あえて“爽やかさ”と“闇”のコントラストを強めることで、
この物語が持つ陰影をより鮮明にしたい――
そんな意図で書きました。
ここから先、舞台の裏側に潜む“静かな侵略”が少しずつ姿を現していきます。
重いテーマではありますが、
読者の皆さまが物語として楽しめるように描いていきますので、
どうぞ肩の力を抜いて読み進めていただければ嬉しいです。
河口ヤードの朝は、いつも“夜の続き”のように始まる。
太陽が昇っても、空気はどこか薄暗い。
鉄粉と油の匂いが混ざり合い、湿った土の上に重く沈んでいる。
高架下の影が、まるで巨大な檻のようにヤード全体を覆っていた。
朝倉誠は、古びたスチール扉を押し開け、
その“檻”の中へ足を踏み入れた。
「……今日も、変わらないな」
ヤードの奥では、すでにフォークリフトが唸りを上げている。
火花が散り、金属が切断される音が響き、
外国語の怒号が飛び交っていた。
だが、誠の目を引いたのは――
昨日の夕方に見た“事故車”の姿だった。
いや、正確には、
事故車だったはずの場所に、まったく別の車が置かれていた。
誠は歩み寄り、車体をじっと見つめた。
「……新車みたいじゃないか」
昨日は、フロントが潰れ、
エンジンルームは歪み、
フレームは曲がり、
廃車寸前の状態だった。
だが今、そこにあるのは――
ピカピカの“合法中古車”。
ナンバーも、車検証も、整備記録も揃っている。
完璧すぎるほど完璧だ。
誠はボンネットを開けた。
エンジンは別の車のもの。
フレームも別の車のもの。
内装も別の車のもの。
「……全部、違うじゃないか」
昨日の事故車の部品は、どこにも残っていない。
代わりに、
盗難車のパーツが“合法車”として組み込まれている。
誠は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「マコト、触るな」
背後から声がした。
振り返ると、ナヴァル人の男――アズが立っていた。
大柄で、彫りの深い顔立ち。
だがその瞳は、どこか疲れ切っている。
「また徹夜か?」
誠が問うと、アズは苦笑した。
「俺たちに夜はない。
中京の監視カメラは、眠らないからな」
アズの言葉は冗談めいていたが、
その声には冗談の色はなかった。
誠は、積み上げられた車の山を見上げた。
その中に、昨日見たはずの“盗難車”のパーツが混ざっている。
事故車と盗難車を組み合わせ、
一晩で“合法車”に仕立て上げる。
そのスピードは、どう考えても人間の手作業では説明がつかない。
「アズ……これはどういう仕組みなんだ?」
アズは周囲を見回し、声を潜めた。
「仕組みなんてない。
“命令”があるだけだ」
「命令?」
「中京からのな」
誠は息を呑んだ。
アズは続ける。
「事故車と盗難車を組み合わせて、
一晩で“合法車”にする。
それが俺たちの仕事だ」
「そんなスピードでできるわけが――」
「できるんだよ。
俺たちがやってるんじゃない」
アズは、ヤードの奥にある巨大なコンテナを指差した。
誠は目を凝らした。
コンテナの隙間から、
金属の腕のようなものが伸び、
車体を持ち上げ、
別の車のパーツを吸い込むように取り込み、
瞬時に組み替えていく。
まるで――
巨大な生き物が“車を食べている” ようだった。
誠は言葉を失った。
アズは静かに言った。
「俺たちは“見張り”だと言ったろ。
あれを動かしてるのは、中京の“機械”だ」
誠は、喉が乾くのを感じた。
「……人間の仕事じゃないな」
「そうだ。
俺たちはただ、
“日本人の目”を誤魔化すためにここにいるだけだ」
誠は、昨日見た日本人女性の姿を思い出した。
コンテナの影で、虚ろな目をしていた彼女。
「アズ……あの女性は?」
アズは苦い顔をした。
「戸籍を売った日本人だ。
売らされた、が正しいかもしれんがな」
誠の胸に怒りが湧いた。
「どうしてそんなことに――」
「マコト。
お前はまだ知らない。
ここは“車の墓場”じゃない。
“日本の墓場”なんだ」
その瞬間、誠の脳内に電子音が響いた。
――ピッ。
《誠。視覚情報を解析完了。
このヤードは、中京連合の“侵略プロトコル”の第一段階だ》
ASUKAの声は、いつもより冷たかった。
《車のニコイチは、ただの“練習”だ。
本番は――“人間のニコイチ”だ》
誠は息を呑んだ。
アズが誠の肩に手を置いた。
「マコト。
俺たちは、ただの隠れ蓑じゃない。
“お前を待っていた”んだ」
誠はアズを見た。
アズの瞳には、
恐怖と、怒りと、そして――
希望 が宿っていた。
「……協力してくれ。
この国を“居抜き”される前に」
誠はゆっくりと頷いた。
こうして――
国家の“部品化”の闇が、誠の前に姿を現した。




