ケーキは宝石でした
ヴァレンティナ様が選んだのは、 通りの角にある、ひときわ洒落た店だった。淡い色合いの外観。 大きな窓から差し込む光。 看板には、上品な文字で店名が記されている。
――いかにも。 ケーキと、お茶のための場所、という感じだ。
ヴァレンティナ様は一切の迷いもなく、その扉を開けた。 所作は、静かで、自然で、 「ここに来るのが当たり前」 そう言わんばかりだ。
私は少しだけ緊張しながら、その背中を真似て、後に続く。扉が閉まった瞬間―― ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐった。
思わず、足が止まる。
店内のショーケースには、 宝石のようなケーキが、ずらりと並んでいた。艶やかな果物。透き通るようなゼリー。 特に目を引くのは、 光を受けてきらきらと輝く、 林檎のケーキ。
……ふわあぁぁぁ。
思わず、心の声が漏れる。邸でのおやつも、いつも美味しい。 それは、本当だ。 けれど――ここのケーキは、 色、 種類、デザイン、……そう、存在感が違う。まるで、 甘い宝石箱。私は、すっかり釘付けになってしまっていた。
そんな私の様子を見て、 ヴァレンティナ様が、 くすりと小さく笑った。
「好きなのを、選んでいいわよ」
……え?
一瞬、耳を疑う。
……いいんですか? 本当に?ヴァレンティナ様、ありがとうございます! これは、ご褒美ですよね? 私への、ご褒美!
私は思わず、 ぎゅっと、小さな手を握りしめた。
「はい!」
自分でも驚くほど、 とても元気な声が出たと思う。さっきまで 淑女らしく、静かに、慎重に振る舞っていたはずなのに――このときだけは 年相応の喜びが、 どうしても抑えられなかった。
……だって。頑張った後のケーキは、 世界一素敵なのだから。それは永遠の法則(個人限定)
なのよ。
私は、迷った。ショーケースの中には、どれもこれも、美味しそうなケーキが並んでいる。
……どれか一つなんて、 選べません。
そんな私の様子を見て、 ヴァレンティナ様はさらりと言った。
「二つ選んでも、良いわよ?」
……二つ、ですって。この、宝石みたいな子たちの中から、 二つも選べと……?
私は思わず、 ヴァレンティナ様を見上げた。
そこには、 とても優しい微笑みがあった。
「はい!」
私は、弾んだ声で答えた。 そして、一生懸命に、選んだ。目を皿のようにしてたと思う。散々、迷って。 本当に、真剣に迷って。
最終的に、ヴァレンティナ様が先ほど店員に尋ねていた、「一番人気」と「二番人気」に落ち着いた。
……これは、決して負けではない。 流されたわけでもない。これは情報を元にした、選択。 立派な判断である。
やがて、 ケーキが運ばれてきた。美しすぎる。
私は、つい夢中になった。フォークを持つ手が、 自然と動く。そして――
「……アリア」
静かな声が、落ちた。
「食べ方を、忘れたのかしら?」
……。
顔を上げると、ヴァレンティナ様が、 穏やかな微笑みのまま、こちらを見ていた。
その目は、しっかりと、教師の目。
……そうだった。これは、女子会ではない。ご褒美でもあるけれど――同時に、立派な授業だった。私は、そっとフォークを置き、 背筋を正した。ほんの少し、咳払いをして、
「お見苦しい所を、お見せしました」
と慎ましやかに言った。
ヴァレンティナ様は、少しだけ頷いて、優雅にティーカップを傾けた。
甘い時間にも、 隙は許されない。
淑女への道は、 ケーキの前でも、 続いているのだった。




