久しぶりに猫になりました
その日は、剣の訓練が午前中だけの日だった。
――ただし。基礎体力作りは、倍。
「……先生、何か恨みでもありますか?」
と聞きたくなるほどの内容で、少年と私は、全力で走らされ、筋トレをさせられた。
結果。昼食を終える頃には、もう、立っているだけで精一杯だった。
「今日も、とっても疲れたね」
私がそう言うと、少年は椅子に突っ伏したまま答える。
「本当だよ……もう、動けないよ……」
それでも。 せっかくなので、私たちは書庫へ向かった。
静かで、本があって、何より、椅子がある。
「とりあえず、読むか……」
少年が本を手に取る。 私も隣で、少し厚い絵本を開いた。
――はずだった。
気づけば。私たちは、長椅子に並んで座ったまま、本を抱えて、すっかり眠り込んでいた。
ふと、目を覚ます。
……あれ?書庫の窓から差し込む光が、ほんのり橙色に染まっている。
「……起きて」
私は、隣の少年を揺すった。
「もう、夕方だよ」
「えっ!?」
少年は飛び起きた。二人で顔を見合わせて、
「やばい」
と同時に言う。慌てて本を戻し、そのまま食堂へ全力移動。――間に合った。 ぎりぎり、セーフ。
その夜。私は、父さんに絵本を読んでもらって、ちゃんとベッドに入った。
……のに。眠れない。目を閉じても、 体はまだ疲れているはずなのに、 頭だけが妙に冴えている。
……昼寝、しすぎた
ベッドの中で、ごろごろと寝返りを打つ。
……どうしよう
そのとき、ふと、思いついた。
……そうだ。たまには、猫になる練習、しようかな?
忘れたらいけない。 大事なことだ。
私は、目を閉じて、意識を集中させる。
……猫。……アメリカンショートヘアの猫。 ……私は、猫。
――すう、と、感覚が切り替わる。目を開くと。視界が、低かった。
「……やった」
小さく、心の中でガッツポーズ。
……猫になれた!しかも、ちゃんとコントロールできてる!
部屋を見回す。静かで、暗くて、誰もいない。
……少しだけ、散歩しようかな?
好奇心が、むくむくと顔を出す。
私は、そろり、そろりと足音を殺しながら、猫の姿のまま、そっと部屋を抜け出した。
夜の廊下は、静かで、暗かった。
……でも。 猫の目って、すごい。
昼間みたいに、とは言わないけれど、人間のときとは比べものにならないくらい、よく見える。
……もし、人間のまま目だけ猫になれたら……。……いや。 たぶん、使い道は夜更かしくらいしかない。
どうしようもないことを考えながら、 私は足音を消して、そろそろと廊下を歩いていた。
そのとき。前方に、見覚えのある背中が見えた。
……あれ?少年だ。こんな時間に、どうしたんだろう?
まあ、いいか。そう思った瞬間、 私は反射的に――ダッシュ。
「にゃっ!」
勢いのまま、少年の背中に飛びついた。
「わぁっ!?」
少年は驚いた声を上げて、 そのまま、見事に転んだ。
……ごめん。
少年は床に座り込んだまま、 目を丸くして、私を見つめる。
「……アリア?」
私は、胸を張って答える。
「にゃん」
「……やっぱり」
少年は、少し困ったように笑った。
「もしかして、アリアも眠れないの?」
私は、こくりと頷く。
「僕もなんだ」
少年はそう言って、少し照れたように言った。
「トイレついでに、ちょっと探検してただけ」
……探検。 言い方が、可愛い。
「アリアがいるなら」
少年は立ち上がって、私を見下ろした。
「絵本、読んであげようか?」
……え。
私は、全力で頷いた。 こくこく、こくこく。
「よし」
少年は、私をそっと抱き上げた。 とても、優しい抱き方。
……抱っこ、久しぶり。
胸のあたりが、じんわり温かい。 なんだか、くすぐったくて、嬉しい。
……ふふ。
そのまま、少年の部屋へ。ベッドに座って、 少年は静かな声で、絵本を読み始めた。
優しくて、子供らしい 少し高くて、 安心する声。
私は、猫のまま、 その声を聞いていた。
……とても、心地いい。
気づけば、 まぶたが、重くなって――最後に聞こえたのは、 ページをめくる、小さな音。
そして。私は、猫のまま、 ぐっすりと眠ってしまったのだった。




