剣の訓練とは?
次の日。
私とヴァレンティナ様は、少年がいつも剣を習っている訓練場へ向かった。朝の空気は少し冷たく、土の匂いがする。
いかにも「これから汗を流します」と言わんばかりの場所だ。
そして。
「……」
私は、思わずヴァレンティナ様を二度見した。ヴァレンティナ様は、乗馬服姿だった。
きゅっと引き締まった上着に、動きやすそうなズボン。背筋は真っ直ぐ、立ち姿は堂々としていて――
……凛々しい。
いつもの優雅なドレス姿とはまるで別人だ。
格好いい。普通に。いや、かなり。
一方の私はというと。少年の服を借りていた。当然、少し――いや、かなり大きい。
袖は余り、裾も長い。
「……まあ、何とかなるか」
腰紐をぎゅっと締めたら、形にはなった。
見た目は……訓練生というより、迷い込んだ弟子候補だけど。
公爵から話は、すでに通っているはずだ。
そう思いながら訓練場に足を踏み入れると、
一人の男性が、こちらを見て背筋を伸ばした。
がっしりとした体格。日に焼けた肌。
いかにも「剣の教師」という風貌。
その人は、ヴァレンティナ様を見るなり、声を張り上げた。
「ヴァレンティナ様! お待ちしておりました!」
……気合いが、違う。目が輝いている。
完全に、期待されている。
「本日は、よろしくお願いいたします」
ヴァレンティナ様は、にこやかに、しかし堂々と挨拶を返した。
その姿を見て、剣の教師は大きく頷く。
「では、さっそく始めましょう――そちらのお二人は」
ちらり、と私と少年を見る。
嫌な予感がした。
「まずは、基礎体力作りからです」
……来た。
「剣を振る以前に、身体が出来ていなければ話になりません」
そう言って、にっこり笑った。
その笑顔が、やけに爽やかだったのが、逆に怖い。
結果。私と少年は、基礎体力作りを命じられた。
・訓練場を5周も走る
・腕立て伏せ10回 3セット
・腹筋 同上
・背筋 同上
・スクワット 同上
「はい、止まらない」
「まだいけますね」
……待って。
これ、淑女教育よりきつい。
横を見ると、少年も顔を赤くして必死についてきている。
「だ、大丈夫……?」
息も絶え絶えに声をかけると、
「う、うん……アリアを守るためだから……」
……だから、可愛いのが反則なんです。
一方。その間。
剣の教師はというと。
「では、剣の握り方から。重心は、もう少し前へ。そうです、その姿勢」
完全に、ヴァレンティナ様につきっきりだった。
手取り足取り。丁寧すぎるほど丁寧に。
ヴァレンティナ様も、真剣そのものだ。
「こう、ですか?」
「ええ、その調子です」
二人の世界が、そこにあった。
……私たち、忘れられてません?気づけば、足は震え、腕は上がらず、息は荒い。
「も、もう……限界……」
少年が、膝に手をついて言った、その瞬間。
「はい、そこまで」
ようやく、解放の声が降ってきた。
私と少年は、同時に地面に倒れ込んだ。
「……し、死ぬ……」
「ぼ、僕も……」
視界がぐるぐるする。空がやけに遠い。
その横で。
「では、次は素振りを少し増やしましょうか」
そんな声が聞こえた。
……ヴァレンティナ様、楽しそうです。
私は仰向けのまま、心の中で思った。
――これは。 ――剣の訓練という名の、地獄では?
こうして。私と少年の「剣を習う初日」は、見事に基礎体力という壁に叩き潰されたのだった。




