早起きしました
その日は、ベッドに倒れ込むなり、意識が途切れた。
文字通り、どっぷりと。夢すら、見なかった――と思った。
……違う。
明け方になって、私は、はっと目を覚ました。
夢を、見ていた。ヴァレンティナ様が、姿勢を正せと指導し、歩き方を直し、発音を確認し、カップの持ち方を指摘してくる夢を。
……悪夢では?
外を見ると、空はすでに薄明るい。夜明け前。
私は、がばっとベッドから跳ね起きた。
――来る。きっと、来る。
根拠はない。でも、確信があった。
急いで着替え、顔を洗い、身支度を整える。
姿勢よし。動作は丁寧に。
一応、深呼吸。すべてが、ちょうど終わった、その時。
――コンコン。扉が叩かれた。
「は、はい」
少しだけ、心臓を鳴らしながら返事をする。
「おはよう、私よ」
……キター。間違いない。
ヴァレンティナ様だ。
「おはようございます」
私は、これまでの人生で一番と言っていいほど、淑女の挨拶をした。
「あら、もう起きているのね。良いことだわ」
ヴァレンティナ様は、満足そうに微笑む。
……よかった。起きてて、正解だった。
しかし。
「でも」
その声と同時に、視線が、私の頭部へと移動する。
「髪が、跳ねているわね」
ぎらり。ヴァレンティナ様の目が、光った。
……。
これは、不可抗力です。
この髪は、自由の心の持ち主なんです。
寝起きに言うことを聞かない、反骨精神の塊なんです。
お願い。どうか。今日だけは。
見逃して。
――とは。
口が裂けても、言えなかった。
「……私が、直してあげましょうか」
ヴァレンティナ様はそう言うと、私を椅子に座らせた。
すっ、と。
綺麗な指が、私の髪に触れる。
櫛が絡まりをほどく。とても、とても、やさしく。
……なんだか、気持ちがいい。この感覚。
もし、母さんがいたら――きっと、こんな感じだったのかな。
ほんの一瞬だけ、そんなことを思った。
「このワンピースには……そうね。このリボンが良さそうね」
ヴァレンティナ様が選んだのは、
ワンピースと同じ色――ではなく。
私の、靴と同じ色のリボンだった。
「ワンピースと揃えても似合うけれど、この靴なら、こちらのほうが映えるわ」
……あ。靴。
そこまで、考えてなかった。私は、完全に失念していて、朝、いちばん近くにあった靴を慌てて選んだだけだった。
すごい。チェックが、細かすぎる。
そして、ヴァレンティナ様は、リボンを結ぼうとした。
――した、のだけれど。
……あれ?リボンと、髪とで、何やら、静かな戦いが始まっている。思うように、いかないらしい。
そのとき。――コンコン。
扉が叩かれた。
「はい。どうぞ」
私が言うと、入ってきたのは――父さんだった。
「おはよう、姉さん。アリア」
そう言ってから、父さんは、私の髪のリボンに視線を向ける。
「……姉さん、少し不器用だから。僕がやるよ」
さらりとそう言って、父さんはリボンを受け取り、迷いなく、きれいに結んだ。
――完成。
……すごい。
「……練習すれば、出来るはずよ」
そう言ったヴァレンティナ様は、
ほんの少しだけ、拗ねたようで。
私は思った。
あれ?この人、なんだか――
ちょっと、可愛い。




