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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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新しい家庭教師

その日、新しい家庭教師がやってきた。

「はじめまして。

 僕はエリオットだ。よろしく」

そう言って、男の子に手を差し出す。

男の子は一瞬、戸惑ったあと、

そっとその手に触れた。

大きくて、温かい。

包み込むような手だった。

その家庭教師は、少し変わっていた。

ある日は、庭のガゼボにいた。

「この石は、大理石というんだ。

 どこで採れるか、知ってるか?」

「……わかりません」

「そうか。

 でも、すごく綺麗だろう?」

男の子は、石を見る。

「あとで地図で、調べてみようか」

また、ある日は、お茶の時間。

「このお茶は、何て言うか分かるか?」

「……紅茶、なのでは?」

「そうだね。

 紅茶にも、いろいろ種類がある」

カップを傾けながら、エリオットは言った。

「これは隣国から運ばれてきたものだと思うんだが、どうかな」

「……自国では、ないのですか?」

「それは、調べてみる必要があるな」

男の子の目が、きらりと光った。

本を見る視線が、

以前とは少し違う。

ページをめくる指が、

迷わなくなっていく。

笑顔は、まだ小さい。

けれど、確かに――戻り始めていた。

私は、その様子を静かに見ていた。

この人なら、大丈夫だと。

理由は分からないが、そう思った。


私は、

時には勉強している男の子の足元にいて、

時には机の上で、開かれた本をじっと見ていた。

文字は、まだ完全には読めない。

けれど、形と並びを、目で追ってしまう。

ある日、家庭教師が言った。

「今日は植物の勉強をしようか」

そして、穏やかに続ける。

「悪いが、庭から何か一つ、

 植物を選んで採ってきてくれないかな?」

「はい」

男の子は、素直に席を立った。

扉が閉まり、

部屋には、私と家庭教師だけが残る。

しばらくして、家庭教師が口を開いた。

「……これは、一人ごとだ」

その声は、静かだった。

「この世界には、

 人でも獣でもある存在がいる」

私は、耳を傾けていた。

「獣として生きることもできるし、

 人として生きることもできる」

家庭教師は、私を見ていた。

「人として生きるのなら、

 教養が必要だ」

私は、猫だ。

そう思う。

家庭教師は、言葉を続ける。

「生まれた時は獣でも、

 いつしか人になるときがある」

「……不思議な存在だろう」

その視線は、逸れない。

すべてを通すような目。

私は、動けなかった。

鳴くことも、

目を逸らすこともできない。

怖かった。

――見られているのは、

この姿だけではない気がして。

やがて、足音が戻ってくる。

家庭教師は、何事もなかったかのように、

視線を外した。

「おかえり。

 それで、どんな植物を選んだ?」

いつもの授業が、再開される。

私は、机の上で丸くなったまま、

心臓の音を聞いていた。

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