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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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68/90

ヴァレンティナさんと言うらしいです

翌日。

「馬車が来たよ」

 窓から外を覗いていた少年が、弾んだ声で知らせてくれた。

 私はというと、昨夜遅くまで続いた衣装合わせのせいで、少し眠い。正直、あれはもう一種の拷問だったと思う。

「……どんな人なんだろう」

 自然と、そんな言葉が口から零れた。

 今の私は、薄い空色のワンピースを身にまとっている。スカートは少しだけふわりとしていて、派手ではないのに上品。大人しくて、控えめで――それでいて、ほんのり可愛らしい。

 髪は、なぜか父さんが結ってくれた。

 毛束を少しずつ指ですくい取り、迷いなく編み込んでいくその手つきは、やけに器用で――

 ……もしかして、私より器用なんじゃない?というか、どうしてそんな技術を知っているのですか。仕上げに、ワンピースとお揃いの色のリボンを結んでくれて、完成。

 それを見た少年が、少し頬を赤くして言った。

「……絵本の中のお姫様みたいだね」

 ……うわあぁぁ。

 聞いた私のほうが、赤くなりますから。

 あなたはもう、その時点で立派な王子様ですよ。そのままで。

 私は王子様に手を取ってもらい、さながら本物のお姫様のように、廊下を歩いていったのだった。


私は、扉を叩いた。

 先に公爵が話をし、そのあとで私が顔を合わせる――そういう流れだと聞いている。 深呼吸してから、口を開いた。

「アリアです。よろしいでしょうか?」

「入れ」

 公爵の声が、扉の向こうから返ってくる。

 私はそっと扉を開けた。

 中には、公爵と父さん、そして――見目麗しい一人の女性が立っていた。 年齢はよく分からないけれど、凛とした佇まいで、そこに立っているだけで空気が引き締まる。

「初めまして。アリア、ですね?」

 彼女は、よく通る声で言った。

「私は、ヴァレンティナよ」

 その名に、何となく納得してしまう。 強そうです。とても。

「は、はい。そうです。お初にお目にかかります」

 ……あれ? これ、言葉遣い、合ってる?なんだか不自然な気がするのだけれど。 どうして私は、事前にちゃんと予習しておかなかったのでしょう。

 そんな私の内心などお構いなしに、ヴァレンティナさんは父さんのほうを見た。

「それで。本当に、あなたの子なのね」

「本当だって。ほら、姉さん」

 父さんはそう言って、懐から一枚の書類を取り出した。

「親子鑑定までしたのだから」

「……まったく、いつの間に」

 ヴァレンティナさんは鑑定書に目を通し、それから、じっと私を見る。 その視線が、妙に鋭い。

「正直に言うわね。私、面倒ごとが嫌いなのよ。教師には向いてないわ」

 ……わぁ。

 ものすごく、はっきり拒否されました。 これ、私が来る意味、ありました? もう、この時点で無理じゃないですか?

 けれど、公爵は一歩も引かなかった。

「でも、姉さんしか頼めないんだ。ほら、猫に突然なったら困るだろう」

 ……公爵。 そこまで話したんですか。

 個人情報、大流出ですよ。 まあ、それだけ信頼できる相手、ということなのでしょうけど。

 ヴァレンティナさんは、しばらく黙り込んだあと、ふっと息を吐いた。

「……アリア。少し、質問するわね。右手を上げて」

「は、はい」

 言われるがまま、私は右手を上げた。

「二足す五は?」

「……七です」

「十二足す九は?」

「……二十一です」

「九引く三は?」

「六」

 ……何でしょう、このやり取り。

 すると突然、ヴァレンティナさんが目を見開いた。

「まあ!この子、引き算まで暗算できるじゃない!」

 その声に、私は周囲を見た。

 呆然と立ち尽くす、公爵。 固まる父さん。

 そして――

「……アリア、いつの間に……」

 少年が、ぽつりぽつりと呟いた。 少し潤んだ目で、こちらを見ている。

 ……ちょっと。 そんな、泣きそうな目で見ないでください。

 悪いことは、何もしてません。……多分。

 ……いや、そうじゃない。

 ……しまった。私は、ずっと猫として生活していたのだった。 こんなところで、すらすら計算を解いて、どうするのよ!

 家庭教師の時間では、出された課題を淡々とこなしていただけなのに。 まさか、ここで。――嵌められた。

(※誰も嵌めてません)

 私は内心、全力で頭を抱えたのだった。

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