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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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私は、人間のアリアになった

私は、自分の部屋へ戻った。

 灯りのない部屋は、暗くて、冷たい。

 けれど――それで、いい。

 胸の奥は、不思議と、静かだった。

 これまで私は、人間に戻るきっかけは、感情の揺れだと思っていた。

 驚いたり、怖がったり、強く、心が動いたときに――変わるものだと。

 でも。今は、少し違う気がしている。

 もっと、深いもの。

 もっと、静かで、揺るがないもの。

 ――人が、神様に祈るときのような。

 ただ願うのではなく、心そのものを、差し出すような想い。

 ……私は、人間になる。

 誰かに言われたからじゃない。

 少年のためでも、義務でもない。

 私が、そう在りたいから。

 私は、目を閉じた。

 静かに。深く。深く。

 そして――強く。

 ただ、願う。

 ――人間として、生きたい。

 どれくらいの時間が、過ぎただろう。

 私は、そっと、目を開けた。

 そこにいたのは――猫ではなく。

 迷ってもいない。人間の、アリアだった。


おそらく――

 家庭教師の言葉も、真実なのだろう。

 きっと、願うことは、あまりにも当然すぎて、理屈として書くに値しなかっただけなのだ。

 私は、寝間着に着替え、

 冷たいベッドに潜り込んだ。

 ……やっぱり、冷たい。

 私は、思わず身体をぎゅっと抱きしめる。

 ぬくもりは、どこにもない。

 それでも――逃げなかった。まだ、始まってもいないのだから。

 翌朝。私は、いつもより、ずっと早く目を覚ました。

 身支度を整え、深呼吸を一つ。

 そして、少年の部屋へ向かう。

 扉の前に立ち、ノックをした。

 こんこん。

「……誰?」

 まだ、眠りの残る声。私は、ほんの少しだけ、胸に力を入れて――

「アリア、だよ」

 静かに。でも、はっきりと、そう告げた。

「アリア?」

 扉の向こうから、慌てた声が聞こえた。

「わっ」

 ――今の音、もしかして、転んだ?

 そう思った瞬間、扉が勢いよく開いた。

「……どうして、人間に?」

 目を見開いたまま、少年が言う。

 私は、少しだけ笑って答えた。

「おはよう」

 それから、ほんの一拍、間を置いて。

「あのね、一緒に、勉強したくなったの」

「……アリアは、勉強が好きなの?」

 疑うような視線。

 うん、分かる。私も、その反応は予想していた。

「違うよ」

 私は、首を振る。

「一緒に、だからしたいの」

 そう言って、私は、少年の手を取った。

 びくり、と、少年の指が揺れる。

 ……気のせいか、少しだけ、顔が赤い。

 私は、そのまま笑った。

「私も、頑張るんだ」

……いつしか、あの絵本のように、隣に立てるように。それは、もしかしたら、母さんのように、ただ存在するだけなのだとしても。

 今の私ができること。

 私が、今、したいこと。

 私は少年の手を、ぎゅっと、強く握った。


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