天使降臨
翌朝。 私は――猫のまま、少年のベッドの中にいた。
「……おはよう、アリア」
眠たげなのに、やけに明るい声。
少年が目を開けて、私を見る。……なんでしょう。 朝から、その笑顔。 眩しすぎません?
「朝から、アリアを見られるなんて」
にこにこ。 本当に、にこにこ。
……どうして、そんなに嬉しそうなの?
少年は、自然な仕草で私に手を伸ばし、 頭から背中まで、 ゆっくり撫でた。
「なぅん」
思わず、声が出た。
……あぁ。 だめ。 力が、抜ける。突然撫でるのは反則です。 でも。 ――もっと、してほしい。
「今日は、家庭教師の日だよ」
少年は、私を撫でながら言った。
「アリアは……猫で、だね」
…………。
現実が、 一気に戻ってきた。
――どうしよう。 絶対、何か言われる。 絶対に。嫌な予感しかしない。
案の定だった。
「今日は、アリアは猫なんだね」
家庭教師は、 満面の笑みで言った。
…………。 笑顔が、怖い。
おかしい。 この人、絶対、喜んでる。
「ところで」
家庭教師は、すっと姿勢を正して、 少年の方を見た。
「どうやって、猫になったのかな?」
「えっとね」
少年は、少し考えてから、嬉しそうに話し始める。
「復習をしたの。アリアが、猫をイメージしたら。猫の耳と、ひげと、猫の鼻が、できたの」
……はい。 その通りです。
「ほうほう」
家庭教師は、頷きながら、真剣に聞いている。
「それでね」
少年は、続けた。
「おじさんが来て、アリアを触ったりしてたら、突然、アリアが猫になって。逃げちゃったんだ」
……その通りでございます。
「ほほう……」
家庭教師は、顎に手を当て、 目を細めた。
「つまり」
楽しそうに、言う。
「イメージよりも感情が、変化を上回った――ということかな?」
……。 そうかもしれませんが。
その、 目を輝かせるの、 やめてください。
私は、そっと少年の腕に体を寄せた。
……この人、 危険です。
「――少し、実験をしてみましょうか」
家庭教師は、にこやかに言った。
……え。 今、なんて?嫌な予感しかしないんですけど。
「前回」
家庭教師は、思い出すように続ける。
「お腹を触られたとき、人間に戻ったと聞きましたよね?」
……その件は、 できれば記憶から消してほしいです。
「つまり」
家庭教師は、人差し指を立てて言った。
「猫のアリアが“嫌がること”をすれば、人間的な意識が強まるのでは、という仮説です」
「えっと……」
少年が、少し首をかしげる。
「それって、アリアの嫌なことをしたら、変われるかも、ってこと?」
「そうです」
家庭教師は、即答した。
「理性よりも、感情が変化の引き金になるタイプかもしれません」
……ちょっと。
この人、 今、完全に思いつきで言ってません?
理論っぽく話してるけど、 要するに―― 試したいだけですよね?
私は、じっと家庭教師を見た。すると。
「……それは、ダメだよ」
少年が、 はっきりと、言った。
「アリアの嫌がることは、したら、ダメ」
……。
…………
……きゃあぁぁ。
天使。 天使が、います。
ここに。 今。
最高に可愛い、 尊い存在が、 私を守るために、降臨してます!
私は、思わず少年の背中を見つめた。
小さな身体。 でも、迷いのない声。
「……そうか」
家庭教師は、 本当に―― 心底、残念そうに言った。
「残念だな」
……いや。 そんなに残念がらないでください。顔が。 顔が、研究者のそれなんです。
お願いですから、 ほんのひと欠片でいいので、 良心を持ってください。
ほら。 見てください。
少年、 私を守ろうとして、 前に立ってますよ?
尊い。 ……本当に、 尊いです。




