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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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木の上に、逃げました

私は、我武者羅に走った。

 背中が、ぞわぞわして。誰かに追われている気がして。――一人になりたかった。

 誰も来ない場所。

 誰もいない場所へ。

 気がついたら、私は――木の上にいた。

 ……え。

 枝の上に座り込んで、私は大きく息を吐く。

 はぁ……。

 ……猫には、なれた。

 確かに、なれたけど。

 意識して、できたわけじゃない。勢いと、本能だけだ。

 それに――ここ。ちょっと、高くない?

 下を見ないようにして、私はぎゅっと目を閉じた。

 ……まあ。

 でも、ここなら。きっと、誰にも見つからない。疲れが、どっと押し寄せてきて、私はそのまま、眠ってしまった。

 ――どれくらい、経っただろう。

 お腹が、空いた。

 はっと目を開けて、すぐに思い出す。

 ……木の上だ。

 恐る恐る、下を見る。

 ……遠い。地面が、とても、とても遠い。

 ……降りよう。

 そう思って、前足を動かそうとした。

 ――でも。動かない。

 ……え?

 もう一度、力を入れてみる。

 足先が、ほんの少しだけ動いて――

 すぐに、元の場所へ戻った。

 ……もしかして。身体が、怖がってる?

 いやいやいや。

 動いて、私の足。

 猫でしょ?降りられるでしょ?

 私は、何度も、何度も、下を見ては、足を動かそうとした。

 でも。一歩も、動けなかった。

 外は、少しずつ、薄暗くなってきている。

 お腹は、ますます、空いてきた。

「……にゃあ」

 小さく、鳴いてみる。

 返事は、ない。

 静寂だけが、木の下に広がっている。

 ……どうしよう。

 どうすれば、いいの?

 私は、もう一度鳴いた。

「にゃあ」

 誰も、来ない。

「にゃあ」

「……にゃあ」

 声は、

 次第に、か細くなっていく。

 ……来ない。

 ――その時。

「……アリア?」

 下から、声がした。

「にゃあ!」

 思わず、少し大きく鳴く。

 ……ここ。ここだよ。

「上か。……待ってろ」

 聞き慣れた声。……父さんだ。

「上手く登れるかな……久しぶりだけど」

 そう言いながら、父さんは、慎重に木に手をかけた。

 ……危ないよ。

 ここ、高いよ。梯子とか、無いの?

 心配で、胸がぎゅっとなる。

 でも――私の口から出るのは、

「にゃあ」

 という声だけだった。

 言いたいことは、山ほどあるのに。

 助けて、じゃなくて。

 気をつけて、でもなくて。

 ただ、私は――木の上で、小さく、鳴くことしか、できなかった。


 父さんが、私のところまで、かなり近づいた、その時だった。慎重に枝を掴んだ枝が 父さんの手元でみきり、と嫌な音がした。

 私は、背中が、ぞわっと寒くなるのを感じた。

「……この枝は、駄目か」

 折れた枝を、父さんは静かに捨てた。

 ……だ、大丈夫。みたい。

 心臓が、ばくばく言っている。

「もう少しだからな」

 父さんは、私を見て、そう言った。

 ……危ないよ。ここから先、枝、すごく細いよ。

 でも――父さんは、止まらなかった。

「にぃ……」

 不安で、小さく鳴く。

「ほら。……おいで」

 父さんは、そっと、私を持ち上げた。

 驚くほど、丁寧な手。

 父さんは、肩から布をかけていて、

 それを――スリングみたいにしていた。

 その中へ、私を、そっと入れる。

「もう、大丈夫だよ」

 布越しに、父さんの声が、すぐ近くで響く。

「怖かったな」

 ――その一言で。張りつめていたものが、

 一気に、ほどけた。

 父さんは、ゆっくり、本当にゆっくりと、

 木を降り始めた。

 地面が、少しずつ、確実に、近づいてくる。

 そして、とうとう、私たちは、地上に降りた。父さんの胸の中は、とても、温かかった。

 心臓の音が、とくん、とくん、と、

 一定のリズムで伝わってくる。

 ……なんだか。すごく、安心する。

「……降りないのか?」

 父さんが、

 少しだけ、困ったように言った。

 ……降りられる。多分。

 でも。お腹、空いたし。疲れたし。

 今は――誰にも、会わせる顔がない。

 私は、スリングの中で、小さく、身体を丸めた。

 父さんは、少しだけ笑って、

「……そうか」

 そして、静かに言った。

「戻ろうか」

 その瞳は、とても、とても、優しかった。

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