再び猫になりました
少年は、そんな私を一瞥すると、何事もないかのように鞄からノートを取り出し、さらさらと何かを書き始めた。
……いや。
今、それどころじゃないから。
私は、必死だった。
目を、ぎゅっと閉じる。
――猫。
私は、猫。
アメリカンショートヘアの、猫。
お願い。戻って。
完全に、戻って。
おそるおそる、目を開ける。
……変わらない。
鏡の中には、猫耳と猫鼻を備えた、
まごうことなき、私がいた。
……どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
もしかして。
――人間に戻る方が、簡単だったりする?
私は、再び目を閉じた。
――人間。
私は、人間。
人間なの。
そっと、薄く、目を開ける。
……猫の、鼻だぁ。
変わってない。
まったく、変わってない。
「アリア? どうかしたのか」
不意に、背後から、声がした。
心臓が、跳ね上がる。
ゆっくり、ぎこちなく、振り返る。
「……猫耳?」
そこに立っていたのは――
父さんだった。
――終わった。
「……可愛い」
父さんの口から、ぽろりと、言葉が零れた。次の瞬間。
「え?」
一瞬で、私の目の前に、父さんがいた。
「耳は、本物の耳なのか?」
「この、ひげも……?」
そう言って、
私の猫耳を、すりすりと触り、
ひげを、つん、と引っ張り、
猫の鼻を、軽くつつく。
「……作り物では、なさそうだな」
父さんは、やけに真剣な顔でそう言ったかと思うと――
次の瞬間。
「はぁあぁぁ……。可愛い……可愛すぎる……」
声が、完全に蕩けた。
……やだ。
ここに、危険な猫好きがいます。
父さんは、私の手を取って、まじまじと眺めた。
「手は……普通に人間のまま、か」
そして、ふと、私の後ろに視線をやる。
「……尻尾は、ないのか?」
探すように、じっと覗き込んできた。
……やめて。
それ以上、近づかないで。
ぞわっ、と、
全身の毛が逆立つ。
「――ひっ!」
私は父さんの手を振りほどき、
反射的に――ぺちんっ!
猫パンチ。
「ぐっ」
怯んだ、その一瞬。
――その瞬間だった。
視界が、ぐらりと揺れて、
身体が、すとん、と軽くなる。
「……え?」
次に感じたのは、床の感触が、やけに近いこと。
私は――完全に、猫になっていた。
「にゃっ!?」
驚く暇もなく、
身体が勝手に動く。
私は、四本の脚で床を蹴り――
全力で、走った。
「アリア!?」
父さんの声。
「えっ――!?」
少年の、間の抜けた声。
私は振り返らず、そのまま、部屋の外へと駆け抜けていった。
あとに残されたのは――
ぽかん、と口を開けたままの、父さんと、
目を丸くして固まる、少年。
二人はただ、
何も言えずに――
逃げていった猫の行方を、
唖然として見送るしかなかった。




