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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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家庭教師に言いました

翌日は、家庭教師の日だった。

 授業が始まって、そう時間も経たないうちに、 私は思い切って口を開いた。

「自分の意思で、変われるようになりたいんです。……その方法、知っていますか?」

 家庭教師は、一瞬だけ瞬きをしてから、 口元に、わずかに笑みを浮かべた。

「……それは、本来、今日の授業内容ではないけれど」  

そう前置きしてから、

「それでも、知りたい?」

 ……あれ? なんだか。 大人の余裕、みたいな笑みを浮かべていません?

 まあ、いいや。

「はい。知りたいです」  

私は迷わず、はっきり答えた。

 家庭教師は、今度は少年の方を見る。

「今日の授業内容、変更になるけど……いいかな?」

「問題ありません」  

少年は、即答だった。

 その返事を聞くと、 家庭教師は満足そうに頷いて、 鞄の中を、ごそごそと探り始めた。

「――これだよ」

 取り出されたのは、一冊の分厚い資料。

「『獣化についての研究』というタイトルの、とある論文だ」

 ……。 え?

 なんで。 そんなものが、 普通に、鞄の中に入っているんでしょうか。

 準備が良すぎるのだけど?

 それに。 やけに――  嬉しそうに見えるのは、気のせい?

「もう、何度も読み直したんだけどね」  

家庭教師は、楽しそうに言った。

「やっぱり、実際にやってみるのが、一番だよ」

 ……あれ? もしかして。

 私が、 「知りたい」って言うのを、 ずっと、待っていた?

 ずっと?……まさか、ね。

 そう思いながらも、 胸の奥で、小さく期待が膨らむのを、 私は、止められなかった。


家庭教師は、楽しそうに――いや、明らかにテンション高めで言った。

「さて、簡単に説明しよう」

 そう言って、指を一本立てる。

「身体を変化させる、というのはね」  

少し考えるように間を置いてから、

「――剣の動きを覚える感覚に近い」

 ……剣?

「たとえばだ」  

家庭教師は、空中で剣を振るような仕草をした。

「最初は、型をなぞるだけで精一杯だろう?剣先はぶれるし、足運びもぎこちない」

 ……確かに。

「だが、何度も動きを見て、頭で理解して、身体でなぞっていくうちに、次第に、剣が“自分の一部”のように感じられる瞬間が来る」

 身振り手振りが、やたらと本格的だ。

「そのときだ。意識しなくても、自然に剣が動くようになる」

 ……なるほど。 言いたいことは、なんとなく分かる。

 でも。それを、 自分の身体でやれと?

「大事なのは、二つ」  

家庭教師は、指を折る。

「まずは、イメージ。そして、次に、行動だ」

 ……先生。 とても、声に熱がこもっていますよ。というか。目が、完全に研究者のそれです。

「さあ、アリア。やってごらん!」

 ……え。 今?

 もしかして私、 実験台ですか? 観察対象ですか?

 いや。 でも。理論上は―― 確かに、筋は通っている気がする。

 イメージ。 イメージだ。

 私は――猫。

 剣のように、しなやかで。 音もなく動いて。 ふわふわで、 可愛い、猫。

「さあ、意識して!」  

家庭教師は、前のめりになって言った。 ……ちょっと。 唾、飛んでます。

 汚い。

 私は目を閉じて、気合いを入れて――

「にゃあ!」

 ――結果。

「可愛い」

 即座に、少年がそう言った。

 ……以上。

 変化は、 何も、起きなかった。

 猫になっていない私が、そこに立っていただけだった。

 家庭教師は、 期待に満ちた目から、 すうっと光を失わせて、 まるで残念な子を見るような視線を向けてきた。

「……アリア」  

家庭教師は、少しだけ咳払いをして言った。 「身体を変えるんだよ。……気持ちは、わかった。ようく」

 ……。

 なんか。 すごく、その言い方、 ムカつくのですが。

 先生。 これ、 あなたには出来ないことですよね?

 やれないことを、やろうとしている相手には、もう少し、優しくしてくれても、いいと思うのです。

 ……本当に。

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