教育的指導を受けました
「……僕が、婚約しても」
少年は、ぽつりと言った。
「アリアは、いいんだ、って……思った」
……うん?
どうして、そうなるのかな。
「それは……よく、わからない」
正直な気持ちを、そのまま言った。
「じゃあ、いいの?」
少年は、逃げ場を探すみたいに、聞いてくる。
私は少し考えてから、答えた。
「大切に思える人が、婚約者なら……いいと思う」
……形だけの結婚は、してほしくないな。
誰にとっても。
少年は、その言葉を噛みしめるように、黙り込んだ。
しばらくして――ゆっくり、口を開く。
「もし、僕が――」
その瞬間。
――コン、コン。
扉を叩く音がして、少年の言葉は、途中で途切れた。
「こんなところにいたのか」
扉を開けて現れたのは、
弟――もとい、父さんだった。
その声は、静かだけれど、どこか硬い。
「さあ、絵本の時間だぞ」
父さんは、少年にはほとんど視線を向けず、まっすぐ私の手を取った。
「……っ」
有無を言わせない力で、引っ張られる。
「ごめん……また、今度ね。おやすみなさい」
振り返りながら、それだけ言うのが精一杯だった。
少年は、何も言わず、ただ立ち尽くしていた。
……父さん、不機嫌だ。すごく。
繋がれた手から、言葉にしない感情が、じんわりと伝わってきたから。
私は、ベッドに潜り込んだ。
毛布を胸元まで引き上げて、目を閉じる。
――いつもの通りだ。
あとは、絵本を待つだけ。
「アリア。絵本の前に、少し伝えたいことがある」
父さんの声。
……あ。
これは。
絶対に――
教育的指導だ。
間違いない。
「五歳とはいえ、男の子だ」
父さんは、やけに真面目な声で言った。
「その部屋に、夜、一人で行くのは良くないと、父さんは思う」
……開口一番、それですか。
五歳ですよ?
何も起きませんよ?
というか、起きる前提なのが怖い。
「それに、アリアは」
父さんは、少し間を置いてから続けた。
「とっても可愛いという自覚が、足りない」
……え。
確かに。猫のアリアは、とっても可愛い。
それは、認めます。
でも――人のアリアは。普通、か。
頑張っても、少し可愛い、くらいでは?
「だから、町に行く時は、絶対に一人では駄目だからね」
父さんは、念を押すように言った。
「人攫いに遭うかもしれない」
……人攫い。この世界、そんな事件があるんですね。こわいな。覚えておこう。
父さんの話は、そこからも続いた。
危機管理の話。
夜道の話。
信頼できる大人の見分け方の話。
……長い。
「……アリア、聞いてる?」
その時――
私は、もう、眠っていた。
どうしてだろう。絵本の時は、あんなに楽しくて、最後までちゃんと起きていられるのに。
教育的指導になると、どうして、こんなにも――自然に、意識が落ちるのだろう。
私は、知らない。
父さんが、眠る私を見下ろして、小さく息を吐き、
「アリア、僕は……本当に、君が大切なんだ」
そう囁いて、
そっと、私の髪に口づけをしてから、
「おやすみ、愛しいアリア」
そう言って、静かに部屋を去ったことを。




