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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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49/90

私は、会いに行った

夕食のあと。

 私は、一人で公爵の執務室を訪れた。

「今、お話をする時間を頂けますか」

 公爵は、書類から視線を上げる。 「構わないが……こんな夜に、急用か?」

 ――少し、目が怖い。

 でも、引くわけにはいかなかった。

「……婚約を前提とした顔合わせは、どうしても必要なのですか?」

 私は、勇気を振り絞ってそう言った。

「公爵家の長男なのだ」

 公爵は、淡々と答える。

「公爵家を支えてくれる伴侶は、いずれ必要になる」

「今すぐ、ではありませんよね」

「優秀な人物は、早く“売れる”」

 公爵は、当然のことのように言った。

「そういうものだ」

 ……なるほど。

 青田買い、ですか。

 そうですか。

「……もっと、情緒が育ってからでも、遅くないのでは?」

 私の言葉に、公爵はわずかに眉を動かした。

「経験も必要だ」

「これからは、こうした話は、もっと増えていく」

 ……はっ。

 さすが、大人。

 こう言えば、ああ言う。

 ああ言えば、こう言う。

 ――少年を、見てほしい。

 今のあの子を。

 でも。

 ここで争っても、何も変わらない。

「……わかりました」

 私は、それだけを言った。

 納得したわけではない。

 ただ、今は――

 不毛だと、理解しただけだ。

 私が部屋を出たあと。

 公爵は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 ――本当に、あれで。今まで、猫だったのか……?

 自分の手のひらに、じんわりと滲む汗を見つめながら、公爵は、そんなことを思っていた。


私は、公爵の執務室を出たその足で、少年の部屋へ向かった。立ち止まることなく、扉を叩く。

「……だれ?」

 扉の向こうから、くぐもった声が返ってくる。

「アリアだよ。今、話せる時間、ある?」

「……ある、けど」

 少し間があって、扉が開いた。

 ――やっぱり。ひどい顔だ。

 泣いたわけじゃない。

 でも、何かを必死に飲み込んでいる顔。

 どうして、そんなにも思い詰めるのかは分からないけれど。

「入るよ」

 私は許可を待たず、部屋に入った。

 そのまま、じっと少年を見る。

 少年は、視線を逸らした。

 ……なんで、目を逸らすの?何を考えてるの?

 婚約が決まったわけでもない。ただの、顔合わせなのに。

「……アリアは、いいの?」

 少年が、かすれるような声で言った。

「……何が?」

 少年は、さらに声を小さくする。

「僕が……婚約するの」

 ――違う。

 それは、まだ、決まっていない。

 公爵の話を、どこまで聞いていたのか。

 私は、少年の肩を掴んだ。

「婚約は、まだ決まってない、って言ってた」

「……そう、だけど」

 その声は、弱々しい。

 私は、深く息を吸ってから言った。

「会いに行くだけだよ」

「会って、それで、またここに帰ってくる」

「それだけの話でしょ?」

 少年は、俯いたまま、小さく言った。

「……そう、かな」

「そうだよ」

 私は、はっきりと言った。

「少なくとも――私にとっては」

 その言葉に、少年は、はっと目を見開いて、私を見た。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 だから――心配なんて、しなくていい。

 ちゃんと、伝われ。

 私は、心の中で、そう願った。

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