花の苗を植えました
翌日。
朝食を終えたあと、私は――弟……ではなく、父さんと一緒に、庭に立っていた。
目的は、分かっている。
花の苗を植えるためだ。
花の苗は、分かる。
スコップも、分かる。
問題は――立て札だった。
立て札には、花の名前と、簡単な説明文。
そして、ご丁寧に――花の苗の数だけ、用意されている。
「花の苗に、これを立てる」
父さんは、何の迷いもなく言った。
「……すべて、ですか?」
思わず聞き返すと――
庭師さんが、絶望的な顔をした。
……わかる。
その気持ち、すごくわかる。
この完璧に配置された庭に、無秩序に花の苗を植え、さらに、立て札まで付けろ、なんて。
ない。
それは、ない。
どう考えても、改悪だ。センスを疑う。
「そう。アリアが、花の名前を覚えられるようにね」
父さんは、満足そうに言った。
……あ。
これ、もう決定事項だ。
別に、そこまでしなくてもいいんだけどな……。
「それで、どこがおすすめかな?」
父さんが、庭師さんを見る。
……立て札付きで、おすすめの場所なんて、ありません。この完成された美しさ、どうして分からないんですか?
ほら。
庭師さん、完全に困ってますよね?
私は、広い庭をぐるりと見渡してから、
意を決して聞いた。
「……どうしても、庭でないと、駄目ですか?」
「だって、庭が一番よく見るだろう?」
父さんは、不思議そうに言う。
……よく見るからこそ、美観を求めているんですけど。
「……それなら」
私は、少し言葉を選んでから続けた。
「私の部屋から見える、空いている場所では……いけませんか?」
父さんは、明らかに不服そうな顔をした。
……庭がいいのは分かる。
でも、それは却下ですからね。
私は、最後の一押しに出る。
「……そうしたら、窓から毎日見えるから」
一瞬、間を置いて。
「……ダメ?」
ちょっとだけ、上目遣い。
声にも、ほんの少し甘えを含ませる。
――どうだ。
「……」
父さんは、
完全に意識が飛んでいるようだった。
数秒後。
再起動した彼の口から出た言葉は――
「……アリアの言うとおりに、できるかな?」
……よし。
勝った。
私は、心の中で、そっとガッツポーズをした。
その言葉を聞いた庭師さんは、
何も言わず、しかし驚くほど素早く動き始めた。
……ああ。
考えが変わる前に、終わらせるつもりですね。
「アリアの部屋から見える場所なら……ここかな?」
父さんは、庭を一瞥しただけで、すぐに場所を決めた。それは、メインの庭から遠く離れた場所だった。
……判断、早いな。
肥料を混ぜ、土を整え、
花の苗をそっと植えていく。
――すくすく、育つといいな。
花は、いつだって癒しだ。見るだけで、心が少し軽くなる。
一緒に苗を植え終えたあと、
私は父さんを見上げて言った。
「ありがとうございます。とっても、嬉しいです」
今度は、ちゃんと。
心から、微笑んで。
……花には、何の罪もない。だからこそ、
たまには、きちんと感謝の言葉を伝えるのが――常識、というものだろう。
「……」
父さんは、何も言わなかった。
ただ、口元に手を当てて、
何かを押さえているようだった。
……どうしたんだろう。
くしゃみでも、出そうになった?
父さんは、そのまま少し沈黙していた。
……え?
まさか。
感動してる、とか……
ないよね?
……ないよね?
私は、まだ知らなかった。
それから――父さんが、
「花の世話だからね」
と、毎朝欠かさず、私の視界に堂々と入ってくるようになることを。




