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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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47/90

花の苗を植えました

翌日。

 朝食を終えたあと、私は――弟……ではなく、父さんと一緒に、庭に立っていた。

 目的は、分かっている。

 花の苗を植えるためだ。

 花の苗は、分かる。

 スコップも、分かる。

 問題は――立て札だった。

 立て札には、花の名前と、簡単な説明文。

 そして、ご丁寧に――花の苗の数だけ、用意されている。

「花の苗に、これを立てる」

 父さんは、何の迷いもなく言った。

「……すべて、ですか?」

 思わず聞き返すと――

 庭師さんが、絶望的な顔をした。

 ……わかる。

 その気持ち、すごくわかる。

 この完璧に配置された庭に、無秩序に花の苗を植え、さらに、立て札まで付けろ、なんて。

 ない。

 それは、ない。

 どう考えても、改悪だ。センスを疑う。

「そう。アリアが、花の名前を覚えられるようにね」

 父さんは、満足そうに言った。

 ……あ。

 これ、もう決定事項だ。

 別に、そこまでしなくてもいいんだけどな……。

「それで、どこがおすすめかな?」

 父さんが、庭師さんを見る。

 ……立て札付きで、おすすめの場所なんて、ありません。この完成された美しさ、どうして分からないんですか?

 ほら。

 庭師さん、完全に困ってますよね?

 私は、広い庭をぐるりと見渡してから、

 意を決して聞いた。

「……どうしても、庭でないと、駄目ですか?」

「だって、庭が一番よく見るだろう?」

 父さんは、不思議そうに言う。

 ……よく見るからこそ、美観を求めているんですけど。

「……それなら」

 私は、少し言葉を選んでから続けた。

「私の部屋から見える、空いている場所では……いけませんか?」

 父さんは、明らかに不服そうな顔をした。

 ……庭がいいのは分かる。

 でも、それは却下ですからね。

 私は、最後の一押しに出る。

「……そうしたら、窓から毎日見えるから」

 一瞬、間を置いて。

「……ダメ?」

 ちょっとだけ、上目遣い。

 声にも、ほんの少し甘えを含ませる。

 ――どうだ。

「……」

 父さんは、

 完全に意識が飛んでいるようだった。

 数秒後。

 再起動した彼の口から出た言葉は――

「……アリアの言うとおりに、できるかな?」

 ……よし。

 勝った。

 私は、心の中で、そっとガッツポーズをした。


その言葉を聞いた庭師さんは、

 何も言わず、しかし驚くほど素早く動き始めた。

 ……ああ。

 考えが変わる前に、終わらせるつもりですね。

「アリアの部屋から見える場所なら……ここかな?」

 父さんは、庭を一瞥しただけで、すぐに場所を決めた。それは、メインの庭から遠く離れた場所だった。

 ……判断、早いな。

 肥料を混ぜ、土を整え、

 花の苗をそっと植えていく。

 ――すくすく、育つといいな。

 花は、いつだって癒しだ。見るだけで、心が少し軽くなる。

 一緒に苗を植え終えたあと、

 私は父さんを見上げて言った。

「ありがとうございます。とっても、嬉しいです」

 今度は、ちゃんと。

 心から、微笑んで。

 ……花には、何の罪もない。だからこそ、

 たまには、きちんと感謝の言葉を伝えるのが――常識、というものだろう。

「……」

 父さんは、何も言わなかった。

 ただ、口元に手を当てて、

 何かを押さえているようだった。

 ……どうしたんだろう。

 くしゃみでも、出そうになった?

 父さんは、そのまま少し沈黙していた。

 ……え?

 まさか。

 感動してる、とか……

 ないよね?

 ……ないよね?


 私は、まだ知らなかった。

 それから――父さんが、

「花の世話だからね」

 と、毎朝欠かさず、私の視界に堂々と入ってくるようになることを。


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