表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/90

絵本の感想

少年が書斎を出て行ったあと。

 室内には、静けさと――一冊の絵本だけが残されていた。

 机の上に、ぽつんと置かれたそれは、長い年月を経たことがひと目で分かる、少し古びた装丁の本だった。

「兄さん、今、いいかい」

 そう声をかけて書斎を訪ねた弟は、その本に、すぐ気づいた。

「……懐かしいな。兄さんが、よく読んでた絵本だ」

「……そうだな」

 公爵は、短く答えた。

「僕はさ」

 弟は、椅子に腰を下ろしながら続ける。

「その絵本、正直、好きじゃなかったんだ」

 公爵は、何も言わずに聞いている。

「公爵家に生まれたんだから、努力なんてしたくない、って思ってた」

 弟は、少し自嘲するように笑った。

「……逆だな」

 公爵は、低く言った。

「公爵家に生まれたからこそ、努力が必要なんだ」

 一拍置いて、付け加える。

「……上手くはいかないがな」

「ははっ」

 弟は、小さく笑った。

「兄さんらしいよ」

 しばらくの沈黙のあと、

 公爵が、ぽつりと言う。

「……アリアが、この本を選んだそうだ」

「そうなんだ」

 弟は、少し意外そうに目を瞬かせた。

「書庫には、もっと女の子向けの絵本もあったよね?」

「……ああ」

 公爵は、頷いた。

「この本を選ぶとは、少し変わっていると思った」

「……確かに」

 弟は、ゆっくりと頷く。

「時々、大人びて見えるところがある」

「だが」

 弟は、穏やかに続けた。

「守るだけさ」

 その言葉に、

 公爵は、ほんのわずかに目を細める。

「……変わったな」

「色々、経験したってことさ」

 そう言って、弟は肩をすくめた。

 書斎には、再び静寂が戻る。

 机の上の絵本は、何も語らないまま、そこにある。

 ――夜は、静かに更けていった。


翌朝。

 朝食の席で、公爵がふと口を開いた。

「昨日は、その本をアリアが選んだそうだな」

 ……え。

 ただの、絵本ですよね?

 そんなに改まって聞くことですか?

「そうです」

「読んでみて、どう思った?」

 ……どう、って。

 正直なところ――

 少年が笑っていたから、それでいい。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ……じゃ、ダメですかね?

「……努力は、実るという話だと思いました」

 少しだけ考えて、無難そうな答えを選ぶ。

「そうか」

 公爵は、それ以上深く追及しなかった。

 すると今度は、弟――もとい、父さんが、こちらを見て聞いてくる。

「アリアは、その本、好きなの?」

 ……なんで、そんなこと聞くの。

 別に、何とも思ってないよ。

 正直に言えば。

 ちょっと、その質問、うざい。

「……どちらかに決めるのは、難しいです」

 逃げた。

 我ながら、綺麗な逃げ方だと思う。

「好き、ではないんだね」

 父さんは、そう言って――なぜか、嬉しそうに笑った。

 ……え?

 なんで、そこで喜ぶの?

 本当に、この人はよく分からない。

 それに。そんな、同類を見つけたみたいな目で見ないでください。

 ……わかりますよ。

 気配で。

 その時だった。

「……僕は、この本、好きだよ」

 少年が、突然そう言った。

 場が、一瞬だけ静まる。

「兄さんと同じだ」

 父さんが、くすりと笑う。

「兄さん、良かったね」

 少年は、はっとしたように目を瞬かせ、

 少しだけ――ほんのりと、頬を赤くした。

 公爵の瞳はいつの間にか、とても柔らかくなっていた。

 公爵は少年を、どこか眩しそうに見た。少年は、少し口元に笑みを浮かべていた。

 ……同じ絵本を前にしているのに、見えているものは、きっと、誰一人として同じではない。

 それでも。

 今、この食卓に流れている空気だけは――

 少し、あたたかい。

 私は、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ