食後は眠いですよね
朝食の席で。 弟――もとい、父さんが、何気ない調子で言った。
「今日は、少し仮眠していいかな?」
「体調でも崩したのか?」
公爵が、新聞から視線を上げて尋ねる。
「いや」
父さんは、少しだけ照れたように笑って。 「アリアの寝顔を見ていたら、ちょっと寝不足でさ」
……。 そこ、照れながら言うところじゃありません。
公爵。 なぜ、普通に頷いているんですか。 それに―― 少し、ではありません。 どう見ても、明らかに寝不足です。
「まあ、いいだろう」
公爵は、それ以上深く追及しなかった。
……本当に、それでいいんですか? 他に言うこと、ありませんか? ちょっと。
そんなやり取りをしていると―― ふと、鋭い視線を感じた。
「……アリアの、寝ているところを見たの?」
少年だった。
「ああ」
父さんは、即答する。
「とても、可愛い寝顔だったよ」
……だから。 そこに、変な熱を込めないでください。 「可愛い」は、まあ、嬉しいけど。 ……いや、やっぱり、嬉しくないです。 寝てただけですよ? 私。
少年は、何も言わなかった。 ただ、唇をきゅっと噛みしめて―― 少し、目を潤ませていた。
その手が、わずかに震えているのが見える。
……あ。 ヤバい。
「そんな……」
ぽつりと零れた声は、ほとんど聞き取れないほど小さくて。 次の瞬間、少年は勢いよく席を立ち――駆け出した。
……え? ちょっと。 まだ、朝食、残ってますけど?
私は思わず、公爵と父さんを見る。 二人は顔を見合わせ、少し苦笑いを浮かべただけで、 何事もなかったかのように、朝食を続けていた。
……え。 追いかけないんですか? ちょっと。
この家、 色々と、対応が雑すぎませんか?
私は、朝食をきちんと残さず食べてから、少年を探しに行った。
今日は、家庭教師が来ない日だ。
少年は――中庭にいた。
膝を抱えて、頭をその膝に埋めている。
まるで、世界から隠れるみたいに。
私は何も言わず、その隣に腰を下ろした。
言葉のない時間が、静かに流れる。
やがて、少年がぽつりと口を開いた。
「アリア、僕が見つけたんだ。寝顔も、僕だけのなの」
……えっと。
私は私のもの、なんですけど?
「誰にも、見せたらやだ」
……やだ、って。
もしかして、これ――焼きもち?
五歳で?
ちょっと。
なに、この無茶苦茶可愛い生き物。
「イヤだよ、アリア」
……あああああ。
反則。
これは反則レベルの可愛さです。
私は芝生の上に、ごろんと横になった。
「じゃあ、これから寝るね。これなら、いいでしょ?」
そう言って、目を閉じる。
……寝てる“ふり”をして、満足したら適当に起きよう。
そのつもりだった。
たぶん、五分くらいは待ったと思う。
そっと、薄目を開けると――
少年は、じっと私を見ていた。
……うん。
完全に、疑ってますね。
私は「モウシワケゴザイマセン」と心の中で謝りつつ、もう一度、目を閉じた。
……お腹がいっぱい。
芝生が、少し暖かくて。
なんだか、とても気持ちがいい。
――そして。いつの間にか、記憶が、すとんと落ちていた。
?????
ぱちり、と目を開けると、
少年は、さっきと変わらず、そこにいた。
微笑んでいる。
「……寝てた?」
私が言うと、
「うん」
……なんで、そんなに嬉しそうなんでしょうか。これはもう、完全にこの“よく寝る身体”が悪いです。
私は、決して、悪くありません。
「お腹すいた。行こ」
少年は、そう言って、私に手を差し出した。
「そうだね」
……いや、正直、あまりお腹は空いていないけれど。
私は、その手を、ぎゅっと握り返した。
……私は、知っている。
少年は、決して、公爵にはわがままを言わない。
だからこそ――
私は、今、
少年の“本音”を聞いたのだ。




