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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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いなくなった侍女

「……この猫の色、昔ここにいた侍女の髪の色と、似てるわね」

通りすがりの使用人の声だった。

私は少年の腕の中で、じっとしていた。

午後の光が差し込む中庭。

掃除をしながら、数人の使用人が立ち話をし始めた。

「そういえば、いたわね」

「細くて、いつも一人で」

「ほとんど話さなかったけど……」

声は低く、ひそやかだった。

「でも、外見は綺麗だったわ」

「そうそう。目立つタイプじゃないのに、不思議と覚えてる」

少年の腕が、ほんの少し強くなる。

私は動かない。

「……何でいなくなったのかしら?」

「さあ。急に見なくなったもの」

「噂も、特に聞かなかったわね」

会話は、それ以上深まらなかった。

仕事の話に戻り、足音が遠ざかっていく。

中庭に残ったのは、静けさだけ。

少年は、何も言わなかった。

ただ、私の背をそっと撫でる。

私は、胸の奥がざわついていた。

理由は分からない。

けれど、その言葉の一つ一つが、

見えない何かに触れている気がした。

髪の色。

細い体。

一人でいること。

それらは、私の知らないはずの記憶を、

静かに揺らしていく。

まだ、思い出すことはできない。

まだ、名前も分からない。

それでも――

この屋敷で、確かに“失われた誰か”がいた。


少年は猫に言った。

「僕は、その侍女を知らない」

少年は優しい手つきで猫を撫でた。

「お願いだから、ここにいて。急に、いなくなったりしないで」

中庭には、少年と猫しかいない。

少年には、兄弟がいない。どうして、なのかは知らない。

「母さんは、あまり僕に話しかけないんだ」

少年はぽつりと言った。猫は、何も言わない。

「食事も一緒にとらないし」

少年の手は、止まらない。けれど、微かに震えた。

「ほんの少し、母さんは僕を嫌いなのかな?て思ったりする」

猫は鳴いた。とても小さく。肯定でも、否定でもなく。猫は少年の手を前足で押した。ふにっとした肉球が少年の手に当たる。

少年は猫の肉球を指でそっと触れた。猫は嫌がることなく、じっとしていた。

「……何だろう?ずっと触っていたい」

少年は猫の肉球を離さなかった。

猫は、少年が飽きるまで、待っていた。

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