家庭教師の授業が始まりました
翌日、家庭教師がやって来た。
私の顔を見るなり、開口一番こう言う。
「今日は、アリアは人間なんだね」
……はい、そうです。
だからそんな、標本を見るような目で見ないでください。
「どうして人間になったのかな?」
家庭教師は、さっそく少年の方を向いた。
……聞かなくていいです。
本当に。
授業、始めましょう? ね?
「あのね」
少年が、元気よく手を挙げる。
「僕とおじさんで、おなかを触ってたらね、嫌がって猫になったんだ」
…………。
素直すぎるわ!!
そんなところで、そんな正直さ、発揮しなくていいのに!!
「ふむふむ」
家庭教師は、うんうんと頷きながら、今度は私を見た。
「夜中には、猫にならなかったのだね」
……やめてください。
それは言わないでください。
思い出させないでください。
「そうなの。少し残念」
……全く残念ではありません。
「本能的なものか、精神的な要因が引き金になっているのか……興味深いですね」
……まったく、面白くありませんからね?
私は、じっとりとした視線を向けたが、家庭教師は気にした様子もない。
「まあ」
ぽん、と手を叩いて。
「とりあえず、授業を始めましょうか」
その一言に、私は心の底からほっとした。
――よかった。
今日は、実験ではなく、ちゃんと勉強の日らしい。
……そう思った、その時だった。
「そうそう」
家庭教師が、何気ない調子で付け足す。
「“獣になる人”というタイトルの研究資料を、取り寄せているんですよ。楽しみですね」
…………は?
そんなの、あるの?
凍りついた私の視線に気づいたのか、
家庭教師は、ゆっくりとこちらを見た。
そして――にやり、と笑った。
「さて、アリアは……これが読めるかな?」
家庭教師が、さらりと紙を差し出してきた。
「……読めません」
私は、正直に答えた。
「そうか」
家庭教師は、あっさりと頷く。
「では、アリアは文字の勉強からだね。次から用意してくるよ。今日は、話を聞くことにしよう」
……おお。ちゃんと、対応してくれる。少しだけ、安心した。字かあ……。日本語でも英語でもないんだよね、これ。どこの世界の文字なんだろう。
家庭教師は、そこで話題を変え、国の歴史について語り始めた。
王家の成り立ち。一度滅びた文明。そして、今の貴族社会が、どうして形作られたのか。
「ところで」
話の途中で、家庭教師がふと口にした。
「アリアは、学園に入る予定なのかな?」
「そうだよ」
少年が、待ってましたとばかりに答える。 「昨日ね、親子鑑定で、おじさんと親子って判ったんだ。だから、僕と一緒に通うんだよ」
「……親子鑑定を」
家庭教師の目が、わずかに細まった。
「それは、それは……ますます気になりますね」
そう言ってから、彼は続けた。
「あれは、とても不思議な道具なのです。しかし――外れたことは、一度もありません」
その言葉と同時に、視線が私へ向けられる。
……ちょっと。 なんで、そこで私を見るんですか。外れたことがない? それって、もしかして――遺伝子解析、とかですかねえ?
もし、そうだとしたら。この世界、一度滅びる前は、とんでもなくすごい文明だったはずだ。
「猫の姿で鑑定しても、結果は親子なのだろうか……」
……あ。
家庭教師の視線が、完全に遠くへ行ってる。
「それ、気になる!」
少年が、無邪気に乗っかる。
……いりません。その合いの手、いりません。
「あとで、観察日記も見せるね」
にこにこと、少年が言った。
…………。
――ギャー!!
つけてたの!? ちゃんと!? 嘘でしょ!?
私は、心の中で全力で叫びながら、この家には、危険人物が多すぎるのではないかと、真剣に考えていた。




